日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『うんちの正体 菌は人類をすくう』 坂元志歩

(月刊「こどもの本」2015年6月号より)
坂元志歩さん

うんちのブラックホール

 東京は新宿育ちの私だが、小学生の頃、ある事情で3年間ほど信州の山奥に住んでいたことがある。父親の事業がうまくいかなくなり、夜逃げ同然で祖母の家に引っ越してきたのだ。

 子ども心に、親の事情は薄々わかってはいたが、そんな事情はおかまいなしだ。アルプスの堂々とした山々の姿や道ばたで見かける生きものたちに目を奪われ、兄弟たちと転げ回るようににぎやかに暮らした。

 その田舎暮らしのなかで唯一苦手だったのが、トイレだった。トイレなどという洒落たものではなく、古式ゆかしき伝統のボットン便所。

 和式便器の奥に潜む、深遠なる暗い穴。まるでブラックホールのような漆黒の闇。落ちてしまったら二度とは戻って来られまいと思うような恐ろしい穴が口を開けている。あの暗闇からいつ手が伸びてきて、引きずり込まれないかと、ボットン便所に入る度にドキドキしていた。確かにトイレの暗闇には何かが動いている気配があったのだ……。

 本書は、そのうんちのなかで蠢く生物に迫ったものである。うんちの3分の1は「微生物」。それも私たちの腸で生きていた微生物なのだ。

 この微生物たちは、今では最もホットな科学分野の一つと言っていいだろう。世界中の研究者が腸に棲まう生きものたちと私たちとの関係を探っている。どうもやつらは、驚くほど私たちに影響を与えているようなのだ。

 いかにも腸に関係しそうな肥満や生活習慣病といった病気のみならず、なんと心にまで腸の微生物たちが関わっているという研究報告も飛び出している。これはもう影響というよりは、私たちが制御されているのではないかと疑いたくなるほどだ。

 考えてみれば、細菌に代表されるうんちの微生物たちは、じつは地球で最も繁栄した、恐るべきやつらなのだ。外からも中からも侵略されている私たちはいったいどうなってしまうのか。本書を読めばきっとわかる。

(さかもと・しほ)●既刊に『ドキュメント 深海の超巨大イカを追え!』『NHKスペシャル 人体 ミクロの大冒険』など。

『うんちの正体 菌は人類をすくう』
ポプラ社
『うんちの正体 菌は人類をすくう』
坂元志歩・著
鱈耳郎・絵
本体1,300円