日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『マリさんという人』 松本聰美

(月刊「こどもの本」2015年4月号より)
松本聰美さん

マリさんという人

「このお話の主人公は?」と聞かれたら、私は思わず「マリさん」と答えてしまうかもしれません。本当の主人公は、五年生の少年「シン」なのですが……。

 シンは父を亡くし、母と二人暮らし。友人との関係から声が出せなくなりました。そんな中、母の海外出張が決まり、会ったこともない母の友人マリさんと過ごすことになったのです。駅に迎えに来たマリさんは〈オトコだけどオンナ〉のかっこうをする人でした。

 
「マリさんのような人が身近にいるの?」―本を読んでくださった方からよく聞かれます。でも私はマリさんのような人を、実生活では知らないのです。私の頭の中から生まれたマリさんですが、書き進めるうちに声音を持ち、独自の考えを私に語ってくれるようになりました。いつの間にか私は、「マリさんが友だちだったらなあ」と思うようになりました。
 
 作品の舞台は東京都三鷹市。三鷹には江戸時代に作られた玉川上水が流れています。昔は水量が多く、多くの人が溺れたそうです。〈人喰い川〉と呼ばれていました。ここを舞台に、命を絶ち切られるようにして亡くなった人々の無念さを、いつか書きたいと思っていました。シンは、この〈人喰い川〉で〈死〉と向き合います。

 こういった場面場面やシンの心を、画家の渡邊智子さんは、象徴的な絵で見事に表現してくださいました。

 
 マリさんと一週間を過ごしたシンは、最後、きっぱりと言います。「マリさんは、マリさんさ」―。

 マリさんは辛いとき、ご飯をいっぱい食べる人です。「あたし、ひどい言葉は体の中に入れないの。聞こえなかったって思うの」、そういって馬のようにパッカパッカと歩く人です。

〈オンナ? オトコ?〉という括りでなく、マリさんが一人の人間〈マリさん〉として、読んでくださった方の心に残れば、無上の喜びです。

(まつもと・さとみ)●既刊に『アルルおばさんのすきなこと』『ともだちまねきねこ』など。

「声の出ないぼくとマリさんの一週間」
汐文社
『声の出ないぼくとマリさんの一週間』
松本聰美・作
渡邊智子・絵
本体1,400円