日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『はしれ、トト!』 広松由希子

(月刊「こどもの本」2014年3月号より)
広松由希子さん

型破りなデビュー作との出会い

 フリーになって十三年。肩書きが未だ定まらず「きまぐれ絵本家」なんて名乗ったりしています。文を書いたり、評論したり、展示やイベントの企画をしたり……絵本万屋といったところでしょうか。『はしれ、トト!』の翻訳は、この万屋稼業の結晶のような、思いがけず幸せな仕事でした。

 出会いは二〇一一年九月、スロバキア。私はBIB(ブラティスラヴァ世界絵本原画展)日本巡回展のコーディネーターとして現地にいました。学生の頃から思い入れのあった権威ある国際コンペ。そのグランプリを受賞したのは、無名の韓国人作家でした。

 衝撃。粗暴ともいえるようなエネルギッシュな原画。場面ごとに驚く多彩な表現。引き込まれる表情とディテール。どこをとっても型破りな、これがデビュー作というのです。

 その後、作品調査を進めるなかで、彼女のデビューが韓国ではなくフランスだと知りました。仏語の原書は、韓国版とは判型も造本も異なり、グラフィックでたっぷり贅沢なページ構成。本筋から逸れるような場面も、伸びやかな絵と内容にふさわしく思えました。

 おつかいとかるすばんとか、初体験を描いた絵本は多いですが、この本は「はじめての競馬場」。馬のぬいぐるみを愛する「わたし」がおじいちゃんに連れていってもらうのです。好奇心、興奮、疑問、戸惑いの臨場感。子どもの絵日記を読むような、親しさときまじめさが交じった一人称の調子が気に入って、展示図録の原稿を書きながら、夢中で訳してしまいました。でも、たばこの煙モクモクの競馬場、賭け事の虜となった大人たちの生気のない顔(そこが醍醐味ですが)……日本では出版されにくいかな、と思っていました。

 ですから、日本巡回展を見た編集者のAさんが原画に魅了され、出版したいと言われたときには、小躍りしたのです。完成は、巡回展の会期終了間際でしたが、二〇一三年秋のBIBでは、国際審査員としてチョさんと再会し、絵本の「わたし」とそっくりな彼女とビールで乾杯しました。

(ひろまつ・ゆきこ)●既刊に『おかえりたまご』『きょうの絵本あしたの絵本』「いまむかしえほん」シリーズなど。

「はしれ、トト!」
文化出版局
『はしれ、トト!』
チョ・ウンヨン・さく
ひろまつゆきこ・やく
本体1,800円