日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『キタキツネの十二か月 わたしのキツネ学・半世紀の足跡』 竹田津 実

(月刊「こどもの本」2013年12月号より)
竹田津 実さん

キタキツネからの卒業

 いつの頃からか、そろそろキツネにおさらばする時期だ、という気持ちが湧いた。

 そのひとつの契機は、道東でつくりあげたフィールドとの別れである。事情があって居を現在地に移すことになった。フィールドからはほぼ二百㎞のところである。新しい地にフィールドを構築するには最低七年を必要とする。それには私の「残り時間」が、あまりにも足りなさすぎる。

 そこで得た結論──「卒論を書こう」。

 七年前に出版した『オホーツクの十二か月』が、かつて住んでいた町での年月をしめくくるものだったのと同様、今回はキタキツネからの卒業を記念する一冊としようと考えた。記述のスタイルは、私の愛読書である『ソロモンの指環』(コンラート・ローレンツ著)にならう。つまり、基本として統計的な数字は入れない、論文でなくエッセイに徹する、あくまでノンフィクションとする、等々。

 書き始めてまる二年、気づくと四百字詰め原稿用紙三百枚をはるかに超えていた。厚い本になる。高い本になる。誰も買わない。さてどうしようと考えこんだが、筆が止まらない。編集者も途中までは、全体のボリュームは云々と言っていたが、じき何も言わなくなった。口を出しても無駄とあきらめたのだろう。それほどにキツネたちは、これも書けそれも書け、あんなこともあっただろう……と責めたてたのだ。

 写真についても同じで、ついつい情にほだされて多数を登場させた。

 キツネは家庭の中に夫、父親を存在させる珍しい哺乳類で(日本では他にタヌキ、ヒトだけ)、人間以外では父親像を観ることのできる数少ない動物である。この本では、家族の中での雄、父親なるものがどんな存在なのかを観察にもとづいて書いた。それと対比しつつ、キツネの母・子像がいかに人間社会のそれと似ているかも書いたつもりである。

 読者には本書を通じて、キツネという「くせのある隣人」の興味尽きない日々をのぞいてみてほしいと、心から願うものである。

(たけたづ・みのる)●既刊に『オホーツクの十二か月』『キタキツネのおとうさん』『キタキツネのおかあさん』など。

「キタキツネの十二か月 わたしのキツネ学・半世紀の足跡」
福音館書店
『キタキツネの十二か月 わたしのキツネ学・半世紀の足跡』
竹田津 実・文・写真
本体2,800円