
弟を発見する
『ぼくたちは宇宙のなかで』は、十歳のフランクが弟を発見するまでの物語です。といっても、弟は迷子になってもいないし、誘拐もされていません。五歳のマックスは、自閉スペクトラム症で、生まれたときからしゃべらず、機嫌のいいときは奇声を発し、気に入らないときは「溶けて」しまいます。フランクはそんな弟が恥ずかしくて、兄弟ではないふりをしたり、ママを独り占めしている弟を時には憎んだりしています。行方不明にはなっていないけれど、心のなかからシャットアウトしているんですね。ところが、ある日、一家を大変な悲劇が襲います。どんな悲劇かはネタバレになるのでいいませんが、崩壊寸前に追いこまれた家族が再生していく過程で、フランクは弟を少しずつ発見していきます。最後のほうで、フランクがいじめっ子に弟のことを、ほぼ一ページにわたる途切れない台詞で一気に自慢するところは、何度読んでも胸が熱くなります。
作者のカチャ・ベーレンは、大学院で自閉スペクトラム症の子どもたちに物語が与える影響について研究したのちに、自閉スペクトラム症などのひとたちのアート活動を支援する団体を立ち上げています。本書は、そういう研究や活動を通した作者自身の発見や体験が土台にあるので、安心して訳すことができました。この作品は、作者のデビュー作ですが、二作目のカーネギー賞受賞作『わたしの名前はオクトーバー』(評論社刊)は、父とふたり森に暮らしていた少女の話で、突然の事故によって少女は「母親とかいうひと」と都会に住むことになりますが、やがて都会にひそむ野生や、大嫌いだった母の真の姿を見つけることができます。この作品も、発見することによって家族が再生する物語といえます。
一昨年の秋に『ブラックバードの歌』(あすなろ書房刊)、去年は『わたしの名前はオクトーバー』、本書、『ぼくの中にある光』(岩波書店刊)の三冊と、ベーレンの本がつぎつぎに邦訳されました。ぜひ手にとって、ベーレンの物語る力を発見していただきたいと思っています。
●既訳書に『わたしの名前はオクトーバー』『トラからぬすんだ物語』『ぼくはおじいちゃんと戦争した』など。
評論社
『ぼくたちは宇宙のなかで』
カチャ・ベーレン・作/こだまともこ・訳
定価1,760円(税込)