悲しみと癒しの物語
私が六、七歳の頃のこと。父が庭に落ちていた小雀を拾って差し出した時、弟と私は躍り上がって喜んだ。父がミカン箱で作ってくれた鳥小屋に入れ、翌日母が仕入れてきた「鳥の餌」を与えた。雀が喜んで食べるので次々に与えるうち、まん丸に膨れ上がった腹を見せて横倒しになった。手の施しようもなく、泣きながら見守る中で息絶えた。適量という概念などなかった。死なせてしまった悔いはその後、何年も執拗に残った。私が抱くどんな形の罪悪感も原点はこの小雀である。
『チカクサク』の主人公、英治も弟の死に対する自責の念に苦しんでいる。それを救ってくれたのは信三叔父さんだった。移動養蜂を営む叔父さんに連れ出され菜の花畑に暮らすうち、快活で楽観的な叔父さんさえ悲しさを抱えていることを知ったとき、英治は心の扉を開くことができた。
後に英治は、息子の死に罪悪感をかかえ成仏できぬまま
しかし、癒すことのできない悲しみや定めもしかと存在する。戦争で脚を失い実家から姿を消したという伯父さんや、街角で見かけた傷痍軍人たち、毎年出産するたびに子犬を捨てられる飼い犬でさえ……。
なすすべもなく、しかし、じっと耳をすませ、じっと見つめる英治という子はきっと芯の強い、人の心を思いやる大人に育つような気がする。是非そうなってほしい。
『チカクサク』は、昭和20年代末から30年、未だ戦争の傷が目に見える旧宿場町を舞台に、ナイーヴな一少年が大人の世界の理不尽をじっと見据える物語にするつもりで書きましたが、どうやら結果としては、悲しみと癒しの物語になったかもしれません。
なおタイトルの「チカクサク」は電報文です。どういう意味かは本を読んでみてくださいね。
(いまい・きょうこ)●既刊に『こんぴら狗』『彗星とさいごの竜』「キダマッチ先生!」シリーズなど。
くもん出版
『チカクサク』
今井恭子・著/いとうあつき・画
定価1,650円(税込)