火と人
すこしまえまで そらを とぶのは とりだけで ちじょうには いえなんんてものは ひとつも ありませんでした いきものたちは たべたり たべられたり まいにち なんの ふまんもなく くらしていました
このたび私が制作した『ひ』という絵本はこんな一文から始まります。
幼い頃から、人間だけが生き物たちの食物連鎖の法則からはずれていることが不思議でした。少し前までは、私たちは動物たちの一員として「生」を全うしていました。いつからか家を持ち、畑を耕し、ご飯を煮炊きし、徐々に所有欲に支配され、嫉妬や悩みが生まれ、物事に執着するようになりました。動物たちは、何も持たず、生きることに意味を求めることはありません。自身の中に組み込まれた指令をもとに生を全うします。そんな動物たちに私は畏怖の念を抱き続けています。
今回私が描いた『ひ』という絵本は、人の先祖は熊や兔や鳥など、様々な動植物の一部であったという、トーテミズム的思考に影響を受け、制作した絵本です。
皆さんの一番最初の記憶はどのようなものでしょうか? 私の最初の記憶は、火を掴んでしまった体験です。まだ「火」が熱いものだと知らなかった幼いころ、燃え盛る火の美しさに思わず手を伸ばし、火傷を負ってしまったことがありました。この瞬間に自身の中に自我が生まれたのだと感じています。漢字の「人」に点を二つつけると「火」という漢字になるように、私たちを「動物」と「人間」に隔てたものは、ほかならぬ「火」なのではないでしょうか。
今回の絵本のテーマである「火」。絵本の隅々に至るまで「火」を感じてもらえるよう小口まで真っ赤に染め上げました。表紙では物語の中で火をもたらすことになる「みたことのないいきもの」をギラギラと光輝く赤箔で表現しています。
この絵本を通じて、自身の記憶の向こう側に想いを馳せていただければ嬉しいです。
(いのうえ・なな)●既刊に絵本『PIHOTEK 北極を風と歩く』『くままでのおさらい』、作品集『星に絵本を繋ぐ』など。
岩崎書店
『ひ』
井上奈奈・絵と文
定価2,750円(税込)