日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『ひろしまの満月』 中澤晶子

(月刊「こどもの本」2023年5月号より)
中澤晶子さん

かめが語る、ひろしまの物語

「永遠のみどり」という一編の詩がある。作者の原民喜は、広島のみどりに、平和への祈りを託した。文字通り、したたるみどりの季節、平和公園は、全国から修学旅行の子どもたちを迎える。「原爆が落とされた時、ここが公園でよかったね」「いえいえ、ここは、四四〇〇人が暮らす、にぎやかな街だった」。何度も同じ言葉が繰り返される。残骸の上に盛り土をして作られた公園に、七十八年前の面影はない。

 失われた街には、お寺も多く、あるお寺の境内には、かめが棲む瓢箪形の池もあって、子どもたちに人気だったという。境内の幼稚園に通った人の記憶である。

 戦争中とはいえ、街の人々には市民としての日常があった。子どもたちは池でかめをつって遊び、現・原爆ドーム前の川に飛び込んで河童になった。

 こうしたひろしまの物語を、低学年向けに書く、という難題に取り組んだのが、本書である。どのように書けば、いまを生きる子どもたちが、七十八年前の子どもたちの日常とそれを襲った悲劇に、自分の生を自然に重ねていけるのか。考えるうちに、お寺のかめの姿が浮かんだ。かめは、長命の生き物ではあるが、生き物の常として、いつかは必ずいなくなる。長生きのかめが語る、七十八年前の子どもたちの姿は、読者にどのように映っただろう。ひろしまでは、長く口を閉ざしていた被爆者が、高齢になって、証言を始める例も多い。自らの語りを後世につないでほしいと願い、証言に立つ被爆者の姿が、本書のかめに重なった、という声も聞いた。

 ウクライナでの戦争が長期化する中、核兵器使用の恐怖だけでなく、戦争は人々の、当たり前にある日常を容赦なく踏みにじり、奪っていく。それでも、人は笑い、愛し、日常を生きる。本書を手に取った子どもたちが、未だ戦禍に苦しむ国・地域に思いを寄せ、その痛みを自分ごとと感じてくれれば、と願う。そして、その手助けをし、ともに考えていくことが、私たち大人の役割だとも思っている。

(なかざわ・しょうこ)●既刊に『ワタシゴト 14歳のひろしま』『こぶたものがたり チェルノブイリから福島へ』など。

『ひろしまの満月』
小峰書店
『ひろしまの満月』
中澤晶子・作/ささめやゆき・絵
定価1,320円(税込)