日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『なきむしせいとく 沖縄戦にまきこまれた少年の物語』 田島征彦

(月刊「こどもの本」2022年9月号より)
田島征彦さん

「沖縄戦」を描く

 ぼくは太平洋戦争の末期に大阪の堺で恐ろしい体験をしました。堺空襲です。ぼくはケガさえしなかったのですが、隣近所の人たちはほとんど死んでしまったのです。隣の可愛らしい女の子の死は、幼いぼくの心に大きな傷を残しました。そのことを『ななしのごんべさん』(吉村敬子と共著/童心社)に描きました。

 四〇年以上前から沖縄へ通い、沖縄を舞台にした絵本を出してきました。沖縄の自然に憧れ、そこに住む人たちに魅了されたからです。

 沖縄の自然のことや戦争のこと、米軍基地について『とんとんみーときじむなー』『てっぽうをもったキジムナー』『やんばるの少年』(童心社)と絵本に描いてきました。ただ、もっと沖縄戦のことを、真正面から描かなければならないと決心しました。

 それは不公平な中央の政治に苦しみ、抵抗する沖縄の人たちに対する、本土の人たちの無関心と、沖縄への差別がまだまだ存在し、許せないからです。

『なきむしせいとく』は、一九四五年、ぼくが五歳の時、大阪ではなく沖縄にいたらという想定で描き始めました。主人公はぼく自身です。制作中は、散歩するときも、寝るときも、頭から沖縄戦のことが離れなくなり、気持ちが揺さぶられ続ける日々でした。それは毎晩夢にまで現れる、絵本の中の世界での「体験」でした。

 この恐ろしさをどう描くか苦しみました。堺での戦争体験とは全く違う恐ろしさです。悲惨な戦争を子どもたちに見せて怖がらせる絵本を創るのではありません。平和の大切さを願う心を伝えるために、沖縄戦を描き絵本にするのです。

 平和憲法が壊されかけている今だからこそ、沖縄での地上戦のことを子どもたちに伝えるのは、さらに大事なことになると感じています。

 今年は沖縄が本土に復帰して五〇年。『なきむしせいとく』は決して、お祝いとして贈る作品にはならないでしょう。今に続く沖縄の現実をつきつける作品なのですから。

(たじま・ゆきひこ)●既刊に「じごくのそうべえ」シリーズ、『祇園祭』『ふしぎなともだち』など。

『なきむしせいとく 沖縄戦にまきこまれた少年の物語』
童心社
『なきむしせいとく 沖縄戦にまきこまれた少年の物語』
たじまゆきひこ・作
定価1,760円(税込)