日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『真夜中の動物園』 野沢佳織

(月刊「こどもの本」2012年9月号より)
野沢佳織さん

まっ赤な凧と爆撃機の音/全身で感じる物語

 この物語には、具体的な国名や地名はいっさい出てきません。文脈と、わずかに挿入されている単語から、おそらく第二次大戦中のチェコスロヴァキアであろうと、想像がつく程度です。

 主人公はロマ(ジプシー)の兄弟。十二歳の兄と九歳の弟と赤ん坊の妹が、両親を侵略国の兵士に連れ去られたあと、空襲で破壊された町や村をさまよって、小さな動物園にたどりつきます。

 そこの動物たちはなぜか人間の言葉が話せるのですが、兄弟の悲惨な境遇を聞いても、さして同情はせず、むしろ自分たちの窮状(檻に閉じこめられ、餌をくれる人もいない)を訴え、人間は愚かで勝手で不可解だとなじります。兄弟は彼らの話に耳を傾け、わずかな食料を分け与えて、自由にしてあげたいと願うようになります。

 すぐれた物語は五感を刺激する―ソーニャ・ハートネットの作品を読むと、いつもそう思います。青空に舞うまっ赤な凧、骨に響く爆撃機の音、ライオンの息のにおい、赤ん坊の抱き心地、とろりと甘いレモンバター。どれもとてもリアルに感じられ、気がつくと物語の世界に入りこんでいます。そして、主人公たちと一緒にはらはらしたり、ほっとしたり、胸を鋭く刺す痛みを感じたりするのです。

 第二次世界大戦中、ナチスドイツによる迫害・虐殺の犠牲になったのは、ユダヤ人だけではありませんでした。ロマの人々も、五十万人かそれ以上が虐殺されたといわれています。作者はそうした事実にも光を当てているわけですが、主人公をロマの子どもたちにしたのは、彼らが賢く、たくましく、自立心旺盛だというイメージからだと、あるインタビューで答えています。

 物語の結末は、オープンエンドといっていいでしょう。兄弟と動物たちに何が起こったのか、これからどうなるのか、それは読者ひとりひとりの想像にゆだねられています。

 子どもたちがこの作品を読んで、全身でいろんなことを感じ、荒野を一日さまよい続けたくらい疲れきってくれたら、訳者として嬉しいかぎりです。

(のざわ・かおり)●既訳書にS・ハートネット『銀のロバ』、R・セペティス『灰色の地平線のかなたに』など。

「真夜中の動物園」
主婦の友社
『真夜中の動物園』
ソーニャ・ハートネット・著
野沢佳織・訳
本体1,500円