日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『りんご だんだん』 小川忠博

(月刊「こどもの本」2020年9月号より)
小川忠博さん

カビも腐るも美しく

 写真で絵本、楽しい仕事です。仕掛けをあれこれ作り、臨場感を得るために広角レンズを多用するため、セットは大掛かりとなり、工房、写場は修羅場となってしまいます。

 その一角のキッチンでリンゴがだんだん姿を変えて、この『りんご だんだん』が生まれました。

 このキッチン、ワイン・ビールの醸造遊び、コロナ騒ぎのアルコール不足で焼酎からの蒸留作業、卵の絵本では300個近くの卵液ヌキの作業場と、調理とは無縁で、食器棚は空っぽ。そこに毎年7~8個のリンゴを置いての3年間、20個近いリンゴがそれぞれに変身してくれました。

 撮影開始の頃は気楽に構えていましたが、変化のポイントが気まぐれに表れるので、周回させての撮影、いち早くヤサグレてくれる個体、いつまでも頑固な個体、とんだことを始めてしまったと思ったことも幾たびでした。

 それでも、撮影の基本はシワもカビも、腐る・朽ちるにも美をとの構えで何とか続けました。

 その中で、『りんご だんだん』のリンゴだけは多様な姿を見せました。

 発酵して発泡し、そのいわば・酒かす・を食べる虫が登場したのです。他の個体にも虫はついたのですが、・皮・を食い破らずに内側を食べるだけ、『だんだん』リンゴは食べつくされて、土のようになり、その姿がリンゴのシルエット、できすぎの変貌は止まりました。

 できすぎは、この「だんだん」の出版もなのです。プレゼンを持ち込み、売り込みすることを2年と7社、「はっこう」できそうもないので電子本で形に残そうと決めた後、別企画で初めて訪れた編集部で内諾をいただき、帰り際にこんなものと「だんだん」をお見せしての即決、即断、怒涛の3カ月で出版でした。

 さて、あのキッチンの食器棚にはまだ「だんだん」リンゴも、20個近いリンゴたちもそのままです。

 梅雨明けの頃、100円ショップの皿に載ったリンゴたちを屋外に持ち出し、林檎九相図を見たいと思っています。

(おがわ・ただひろ)●既刊に『土の中からでてきたよ』『新版 縄文美術館』『くっく くっく』(長谷川摂子/文)など。

『りんご
あすなろ書房
『りんご だんだん』
小川忠博・写真と文
本体1300円