日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『囚われのアマル』 相良倫子

(月刊「こどもの本」2020年7月号より)
相良倫子さん

あきらめたら、なにも変わらない

 アマルは、パキスタンの小さな村に住む十二歳の女の子。村の中では、比較的恵まれた家庭に育ち、好奇心が旺盛で、将来の夢は教師になることです。ところが、母親が産後に体調を崩すと、長女のアマルは家の仕事をやるよう父親に命じられ、学校に通い続けることができなくなります。さらには、ある事件をきっかけに、地元の大地主一族の屋敷で、女中として働くことを強いられるのです。

 数々の理不尽に遭遇しながら、しかしアマルは少しずつ強くなっていきます。時には絶望を覚えながらも、自分が正しいと思った道を選びとっていくのです。そして、それがやがて、周りにも大きな変化をもたらします。

 話の大筋には直接関係はないのですが、特に印象に残っているシーンがあります。屋敷で奥さまに出すクッキーをお皿に並べているアマルに、年下の女中が一枚ねだる場面です。そばには、なにかにつけいじわるをする先輩女中がいるのですが、アマルはわざと指に力をこめてクッキーを割り、それを年下の女中にあげるのです。正しい行いではないかもしれません。でも私はそこに、アマルのしたたかさ、生きる力のようなものを感じました。

 ほかにも、温和で優しい奥さまがデモをする民衆に対して差別的な発言を口にしたり、逆に卑劣な若地主が子どもの頃の愛読書についてしみじみと語ったりするなど、登場人物の意外な一面がさりげなく織り込まれているのも、この作品に奥行きを与えているように思います。

 日本の子どもたちにはあまりなじみのないパキスタンの文化が描かれているのも、本作の魅力のひとつです。結婚式の前夜に行われるメヘンディ祭のヘナペイント、耳慣れない料理やお菓子の数々。どんなものか想像するだけでもわくわくします。

 日本の子どもたちが、イスラム文化の香りたつ本作を味わいながら、アマルをはじめとする登場人物たちに心を寄せてくれたなら、訳者として嬉しい限りです。

(さがら・みちこ)●既訳書に『目でみる化学』「ヒックとドラゴン」シリーズ、「オリガミ・ヨーダの事件簿」シリーズなど。

『囚われのアマル』"
さ・え・ら書房
『囚われのアマル』
アイシャ・サイード・作/相良倫子・訳
本体1,600円