日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『星くずクライミング』 樫崎 茜

(月刊「こどもの本」2020年2月号より)
樫崎 茜さん

懺悔から生まれた物語

 取材の一環で、切り立った崖のような絶壁を登ることになったのは、ある年の、お正月が明けて間もないころだった。何度かクライミングジムで登っていたものの、試される技量は違うかもしれない。当日は、期待と緊張を胸に、集合場所へと電車を乗り継いだ。

 ところが、待てど暮らせど参加者が集まらない。なんと、数人が寝坊して遅刻しているらしい。定時に到着していた私と、参加者のなかで唯一、視覚に障害がある男の子のふたりは、ひと足先に、現地ガイドの車で、登攀とうはんポイントへ向かうことになったのだった。

 たどり着いたのは、時間を潰すようなものなど何もなさそうな、殺風景な山の中腹だった。カラカラに渇いた大地と、すっかり葉を落とした木々、白茶けた崖の上を数羽の鳥が飛んでいくのが見えるばかりだ。登攀に必要な道具を車から下ろすと、お喋りでもする以外、本当に、何もすることがなくなってしまった。

 結局、寒風吹きすさぶなか、二時間近く待ちつづけたのではなかったか。ようやく待ち人がやって来た時、もはや、私は不機嫌にすらなっていた。何気なく発した「はじめまして」のひと言にも、気持ちは隠しようもなく滲んでいたのだろう。視覚に障害がある男の子が「クスッ」と笑ったことで、私は、何もかもを見透かされたことを思い知った。と同時に、彼と、ここで過ごした二時間を、走馬灯のように思い返してもいた。

 時間を潰すようなものは何もないなんて、どうしていえたのだろう? 晴眼者である私の前には、寒風に揺れる木も、移ろう雲を宿した空も広がっていたはずだ。頭上を飛んでいく鳥を、さっきだって見たばかりじゃないか。

 ブラインドクライミングの小説を書こうと決めた時、真っ先に蘇ったのは、あの瞬間に込みあげてきた恥ずかしさだった。私は、あの日の自分を懺悔する思いで、視覚障害に関する啓蒙も盛り込むことに決めた。この本の読者には、私のような失態を犯してほしくない。そう願って書いた、物語だ。

(かしざき・あかね)●既刊に『ボクシング・デイ』『ぼくたちの骨』『ヴンダーカンマー ここは魅惑の博物館』など。

『星くずクライミング』"
くもん出版
『星くずクライミング』
樫崎 茜・著/杉山 巧・画
本体1,300円