
黒猫をさがす心の旅
ぼくが児童文学を書き始めたのは十九のころです。そのときから、この物語の主人公の一人、「小夜子」という少女は、ぼくの頭の片隅に住んでいて、名を変え、立場を変え、さまざまな形で作品の中に立ち現れてきました。いわゆる「現実」というやつと、あまりうまくやれていない女の子。
抑圧された彼女の心は、夢と幻想の中に理想の友人を生みだし、それに魂を与えました。それは年上の幼馴染だったり、夢をつかさどる魔物だったり、成仏できずに妖怪と化してしまった幽霊だったりしましたが、この物語の中では、一匹の黒猫の姿をしています。
この物語は、ぼくが何度もモチーフとして描いてきた「幻想にすがり、夢とともに遊ぶ少女」の物語のバリエーションのひとつのはずだったのです。ラストで、その夢が覚めるにせよ、それを抱いたまま生きるにせよ、この物語は、その枠から出ないはずでした。
しかし、イレギュラーなことが起きました。もう一人の主人公、「
小夜子とは正反対の、おしゃべり好きでゴキゲンな女の子。しかし、彼女にも秘密がありました。他人の体に触れることで、その心の内を覗き見ることができるという秘密。二人が出会ったとき、物語は作者も予想だにしなかった方向に転がりだします。
明來は小夜子に触れ、彼女の心の内側に住まう黒猫の存在を知ってしまいます。小夜子も、黒猫を介して明來のもつ不思議な力について知ってしまう。そして、二人が秘密を共有するのを見届けた黒猫は、こんな言葉を残して姿を消すのです。
「小夜子。おまえ、明來と友だちになれ」
夜は明け、夢は覚め、少女は現実の世界に友だちを得る……って、なると思いましたか? まさか。むしろ、物語はここから始まるのです。
消えた黒猫をさがす、はてしない心の旅が、幕を開けるのです。
夢。友だち。秘密。そして心……。
二人と一匹が出す答えを、楽しみにしていただければと思います。
(むらかみ・まさふみ)●本作は第二回フレーベル館ものがたり新人賞大賞受賞作「ハロー・マイ・フレンド」を改題し、出版しました。
フレーベル館
『あの子の秘密』
村上雅郁・文/カシワイ・絵
本体1,400円