日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『あの子の秘密』 村上雅郁

(月刊「こどもの本」2020年1月号より)
村上雅郁さん

黒猫をさがす心の旅

 ぼくが児童文学を書き始めたのは十九のころです。そのときから、この物語の主人公の一人、「小夜子」という少女は、ぼくの頭の片隅に住んでいて、名を変え、立場を変え、さまざまな形で作品の中に立ち現れてきました。いわゆる「現実」というやつと、あまりうまくやれていない女の子。

 抑圧された彼女の心は、夢と幻想の中に理想の友人を生みだし、それに魂を与えました。それは年上の幼馴染だったり、夢をつかさどる魔物だったり、成仏できずに妖怪と化してしまった幽霊だったりしましたが、この物語の中では、一匹の黒猫の姿をしています。

 この物語は、ぼくが何度もモチーフとして描いてきた「幻想にすがり、夢とともに遊ぶ少女」の物語のバリエーションのひとつのはずだったのです。ラストで、その夢が覚めるにせよ、それを抱いたまま生きるにせよ、この物語は、その枠から出ないはずでした。

 しかし、イレギュラーなことが起きました。もう一人の主人公、「明來あくる」が登場したことです。

 小夜子とは正反対の、おしゃべり好きでゴキゲンな女の子。しかし、彼女にも秘密がありました。他人の体に触れることで、その心の内を覗き見ることができるという秘密。二人が出会ったとき、物語は作者も予想だにしなかった方向に転がりだします。

 明來は小夜子に触れ、彼女の心の内側に住まう黒猫の存在を知ってしまいます。小夜子も、黒猫を介して明來のもつ不思議な力について知ってしまう。そして、二人が秘密を共有するのを見届けた黒猫は、こんな言葉を残して姿を消すのです。

「小夜子。おまえ、明來と友だちになれ」

 夜は明け、夢は覚め、少女は現実の世界に友だちを得る……って、なると思いましたか? まさか。むしろ、物語はここから始まるのです。

 消えた黒猫をさがす、はてしない心の旅が、幕を開けるのです。

 夢。友だち。秘密。そして心……。

 二人と一匹が出す答えを、楽しみにしていただければと思います。

(むらかみ・まさふみ)●本作は第二回フレーベル館ものがたり新人賞大賞受賞作「ハロー・マイ・フレンド」を改題し、出版しました。

『あの子の秘密』"
フレーベル館
『あの子の秘密』
村上雅郁・文/カシワイ・絵
本体1,400円