日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『ハスキーなボクのユウウツ』 海後礼子

(月刊「こどもの本」2019年9月号より)
海後礼子さん

応援したい、12歳こじらせ男子

「LGBTの本を訳してみませんか?」

 編集者さんのお誘いで手に取ったうちの一冊だった。出だしから十二歳男子の心の声のマシンガントーク。赤ちゃんの頃の歩き方がアヒルみたいだったから、ダックス? 高校までに一人に一つの形容詞が決まっちゃうって、何のこと? 本人は大まじめだけれど、鋭い人間観察眼に皮肉に自虐、アメリカのスタンドアップコメディに通じる精神を感じた。

 彼は悩んでいる。がっちりした体型のこと、似合う服がないこと。幼なじみの親友(=女子)との関係がおかしくなってきて、今年は誕生日会に呼んでもらえないらしいこと。家にもどこにも居場所がないような気がすること。読んでいてちょっと鬱陶しくなるくらい悩む、そして、ぼやく。だけど、分かるな。この年頃って私もそうだったから。つらいよね。

 主人公は悲しくなったりふてくされたりするけれど、行間から見えてくる世界は温かい。仲よしの女子たちも、ばあちゃんもママもママの恋人も、みんなアクが強くて、自分勝手にやりたいことをやっているようでいて、人への思いやりがある。そういうところ、ニューヨークっていいなと思う。これは物語の中だけでなく、結構本当のこと。

 とびきり美人の幼なじみは黒人で、もう一人の賢くて毒舌の親友はユダヤ人。ばあちゃんはアイルランド出身で、シングルマザーのママの恋人はブラジル人。国籍や人種だけでなく個性も多様な人たちが入り交じっていて、それがとても自然。そんな世界を味わわせてくれる本でもある。

 悩みが解決するわけじゃないけれど、最後はちょっとほっとする。「LGBT」の本と思って読みはじめたら、目の前に現れたのは、誰にでも思い当たる悩みや不安をいっぱい抱えた、すごく身近な男の子だった。LGBTって私に理解できるかな、と身構えていた肩の力がすっと抜ける。こんな描き方もあるんだ。

「一緒にニューヨークの公園を歩いているような本になりましたね」

 そう、編集者さんが言ってくれた。

(かいご・れいこ)●既訳書にW・デ・ラ・メア/詩『ハロウィーンの星めぐり』、J・ソンパー「ヴァンパイレーツ」シリーズなど。

『ハスキーなボクのユウウツ』"
岩崎書店
『ハスキーなボクのユウウツ』
ジャスティン・セイヤー・著/亀井洋子・絵/海後礼子・訳
本体1,600円