日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『火のカッパ』 漆原智良

(月刊「こどもの本」2018年9月号より)
漆原智良さん

カッパは内奥に住んでいる

 3・10の東京大空襲から73年の歳月が流れた。その間、戦災孤児だった私は、空襲・疎開体験を風化させてはいけないと戦争を題材に書き続けてきた。今回は平和を願うカッパを登場させ、新しい視点から戦争をとらえてみた。

 私の家は、東京・浅草観音様の北側の千束町大通りで、明治時代から煙草や文具の卸店を営んでいた。父は福島から上京、専売局に勤務、大八車を引いて煙草を配達していた。父は、祖母に見こまれ漆原家の養子に。母は店が忙しく、私は祖母に育てられていた。

 祖母のしつけには、かならずカッパが登場してきたのだった。「遅くまで外で遊んでいると、カッパが来て隅田川に引きこまれるよ」「善いことをすると、いつかカッパが助けてくれるよ」「きょう、店先に来た、天がいをかぶった虚無僧はカッパだよ。お前のようすを見に来たんだよ」

 浅草にはカッパ伝説があり、通称カッパ寺、合羽橋もあったことから、こうした祖母の言葉を信じていた。

 小学校入学後に「悪さをするとカッパが出てくるぞ」と話すと「漆原、おかしいんじゃない」と友達に笑われた。2年生になったとき太平洋戦争がはじまった。戦争は泥沼化、奈落の底へ……。

 東京への空襲が激しくなり、5年生の夏に父の実家、猪苗代へ疎開した。

 1945・3・10の東京大空襲は、十万人余の命を奪った。一瞬にして家族と家屋・家財を失った私は、戦災孤児という烙印を押されてしまったのだ。

 本作品は「主人公ゲンタが、炎の壁から顔を出したカッパ(に似たおじさん)に、上野の山へ逃げろと指示されて助かる」という設定にした。

 戦後、私は、「家族は隅田川に住むカッパの世界で暮らしている」と想像し、救われたような気持ちになった。

「相手を信じ、深く見つめれば、モノの本質まで見えてくる」こと、また「本当の優しさとは、命をかけがえのないものとして慈しむ心である」ことを、祖母から教わったような気がする。それを作品にちりばめてみた。

 そして、野太く力強いタッチで、山中桃子がカッパの絵を描いてくれた。

(うるしばら・ともよし)●既刊に『天国にとどけ! ホームラン』『ぼくと戦争の物語』『東京の赤い雪』など。

『火のカッパ』"
国土社
『火のカッパ』
うるしばらともよし・さく
やまなかももこ・え
本体1、500円