日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『ニット帽の天使 プロイスラーのクリスマス物語』  吉田孝夫

(月刊「こどもの本」2016年11月号より)
吉田孝夫さん

プロイスラーとクリスマス

「ホッツェンプロッツ」のシリーズや『クラバート』で知られるオトフリート・プロイスラーですが、この訳書は、真冬のボヘミアを舞台にした合計七篇のクリスマス物語集です。
 わたしは、冬のチェコ・ボヘミア地方を訪れたことはありませんが、別の季節に、隣国ドイツから国境を越えていったことはあります。今から十五年以上前のことで、もう昔話の部類かもしれません。ドイツ側を車で走っているうちは、広い舗装道路と立派な農家の屋敷が目をひきましたが、人もまばらな検問所を過ぎ、チェコ側へと入った途端に、いつしか道の舗装はあやしくなり、村を抜ける狭い古道にカーブも増えて、そのうえドイツの農家と比べれば明らかに見劣りのする、小さく古ぼけた農家の庭先には、ぬかるみを残す、でこぼこの土と雑草の地面が見えるばかりでした。そしてその上を、アヒルだか鵞鳥だかの家族が、自由気ままに歩きまわっています。
 この質素な農村に住んでいるのは、どんな人たちなんだろう、と思う間もなく、車は先へと進んでいきました。やがて道は小高い場所に出て、ふと見れば、とてつもなく広いボヘミアの森が、眼下に広がっていました。
 プロイスラーは、このボヘミアに生まれ、後に南ドイツに移り住んだ人ですが、故郷への彼の思いは多くの作品に織りこまれています。そしてこの『ニット帽の天使』は、年齢も職業もさまざまな地元民を登場させながら、故郷のクリスマスの情景をみごとに描き出しています。
 異教的・魔術的な雰囲気をもつ『クラバート』に比べれば、この『ニット帽の天使』は、プロイスラーとキリスト教信仰の関わりを、より直接的に表現していると言えるでしょう。教会の小難しい教えとはちがう、一般の村びとたちの心に生きるキリスト教がどういうものなのか。それをこの物語集は、やさしく楽しく教えてくれます。
 ちなみに、「サンタクロース」はまったく登場しません。村びとたちには、もっと親しいものがいたようです。

(よしだ・たかお)●既訳書に『わたしの山の精霊ものがたり』『かかしのトーマス』、著書に『語りべのドイツ児童文学』など。

ニット帽の天使 プロイスラーのクリスマス物語
さ・え・ら書房
『ニット帽の天使 プロイスラーのクリスマス物語』
オトフリート・プロイスラー・作
ヘルベルト・ホルツィング・絵
吉田孝夫・訳
本体1、400円