日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『ふたりのキズナと船の旅!』 南房秀久

(月刊「こどもの本」2016年1月号より)
南房秀久さん

本を書くという魔法

 少女はいわゆる剣と魔法の世界に住んでいる。お姫様ではない。貧しい街角の生まれで、この世界ではそう珍しくもない魔法使いのひとりだ。魔法の才能に恵まれているとは言えない。その上、思いつきで行動してはちょくちょく失敗する。ひどい目にあえば反省もするが、それも長続きはしない。自分が好きなことは一生懸命がんばるけれど、興味のないことはすぐに飽きる。曲がったことは嫌いだけど、自分のことは棚に上げる。たったひとつの取り柄といえば、動物と心で話せること。
 そんなトリシアという少女と僕が出逢ったのは、もう三十年以上も前のことになる。高校時代に最初に書いた小説にチラリと出てくる、主人公に救われる少女がトリシアだったのだ。あの頃からトリシアも、彼女が住む世界もほとんど変わっていない。書き手の方が、妹の突拍子もない行動にハラハラする兄の心持ちであったのが、思春期の娘を持つ父親のような気分に変わっただけだ。
 トリシアの物語も、故郷を離れた遠い海を舞台にしたこの『ふたりのキズナと船の旅!』で、もう二十冊だ。
 けれど、それだけ続けても書くことで悩んだ記憶はない。また、読者からどうやってお話を作るんですか、という質問を何度か受けたことがあるが、創作の秘密や秘訣みたいなものがある訳ではない。うまくは説明できないけれど、本を書くという魔法は僕にとっては、例えばこんな感じなのだ。
 深夜、音楽を流し、ソファーでお気に入りの本のページをめくっていると、いつの間にかトリシアは隣に座っている。そして、彼女がいることに気がついて微笑みを向けると、彼女は早口でとりとめのない話をしてくれる。僕は黙って耳を傾け、書き留めているに過ぎない。この本を手にし、応援してくれるみんなと同じように今を楽しみ、悩み、同じように笑ったり泣いたりする、ごく普通の女の子の、ささやかな冒険を。僕が続けてきたのは、ただそれだけのことなのだ。

(なんぼう・ひでひさ)
●既刊に「錬金術師のタマゴたち」シリーズ、「華麗なる探偵アリス&ペンギン」シリーズなど。

『ふたりのキズナと船の旅!』
学研プラス
トリシアは魔法のお医者さん!!
『ふたりのキズナと船の旅!』
南房秀久・作
小笠原智史・絵
本体760円