日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『杉森くんを殺すには』 長谷川まりる

(月刊「こどもの本」2024年5月号より)
長谷川まりるさん

裏切られた杉森くん

 この物語を書いているとき、私の頭の中にいるリトル世間の声がとてもうるさくがなりたてていました。いくらなんでも、杉森くんがかわいそう。主人公のヒロは勝手すぎる、と。

 杉森くんを殺すと決めて、罪を犯す前にやりたいことをリストにするヒロは、まるで悲劇のヒロインです。しかも、青春を謳歌して、新しい友だちを作って、恋愛までして。その一方で、杉森くんの悪口ばかり書きつらねていく。こう書くと、なんていやな子なんだろうと作者でも思います。

 もしもこの物語の主人公が杉森くんならば、ヒロは悪役として登場したはずです。親友を裏切った、本当は友だちじゃなかった子。私はそんなふうにヒロを書くこともできました。

 でもこれは、ヒロの物語です。自分のことを悪役だと思って生きている人はいません。みんながみんな、自分こそが人生の主役です。自分の行動にはすべて、きちんと理由があると知っています。悪役が悪いことをするのは「悪役だから」で終わりですが、主人公が悪いことをしたのなら、必ずなにかしら理由がある。正当化できるような、あるいは同情できるような理由があるはずです。

 だからこそ、私はヒロの話を最後まで書き切りました。「悪役」を与えられがちな人にも、必ずなにかしらの言い分があると信じているからです。

 意外にも、この物語を読み終えた人たちからは、批判ではなく共感の声が届いています。書いていたときに案じていたほどには、批判の声は聞こえません。とてもうれしいですし、やっぱりみんな、ヒロのような子の存在にも気づいているのだなと安心しました。もしかしたら、ヒロとおなじようなことをした苦い経験を、うっかり思い出したのかもしれません。

 悪役ではないけれど、悔やみきれないことがある。でも、そんな自分を受け入れてもいい。読んだ人がそんなふうに思える物語になっていることを願います。

(はせがわ・まりる)●既刊に『お絵かき禁止の国』『かすみ川の人魚』『砂漠の旅ガラス』など。

『杉森くんを殺すには』"
くもん出版
『杉森くんを殺すには』
長谷川まりる・作/おさつ・絵
定価1,540円(税込)