日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

絵本と年齢をあれこれ考える⑨

磯崎園子●絵本ナビ編集長 


彼らは小さな探究者(4歳と絵本・後編)

とまらない好奇心

 あ、また。息子が黙って指をさし、この道を曲がれという指示を出す。保育園まであと少し、できればまっすぐ進みたい。時間が迫っている。それでも指をさした方向が気になって、自転車のスピードを落とし道を曲がると、そこに現れるのは工事現場。うむむ、やはりそうだったか。確かに昨日もここを通った。そしてその先にもう一か所現場があったはず。そこではそれぞれ違う重機が働いている。なるほど……などと感心している場合ではない、今日もまた遅刻。こうして保育園への行き帰り、行きつけの場所が増えていく。

 4歳児の関心はこれだけでは終わらない。駅へと続くまっすぐの道。普段なら10分で通りすぎるはずなのに、今日はかれこれ30分は歩き続けている。なぜなら立ち並ぶ街路樹の幹に止まっているセミを見つけては、瞬間的に手を伸ばし、見事に素手でつかまえて、私に見せては空へと放つ作業に忙しいからだ。なんて技だ、街路樹はまだまだある。公園に行けば、いつの間にか友だちになったノラネコと会話をしているし、握りのちょうどいい木の枝を拾ってきては、部屋の中に積み上げる。宝箱は石やネジでいっぱいだ。彼は小さな探究者と化している。

ただ眺めているのではなく

 この頃の絵本の読み方だって、また同じ。床に広げられた絵本。何をじっと見ているかと思えば、画面いっぱいに並ぶ様々な形をしたパン。かにパン、うさぎパン、パンダパンに始まり、バイオリンパン、テレビパン、じどうしゃパンまで、その数なんと80種類以上。かこさとしさんの名作『からすのパンやさん』(偕成社)だ。子育てに追われ、経営の危機に直面したパン屋が家族一丸となって乗り切っていくその物語も感慨深いが、4歳の子どもたちが圧倒的に時間をとって眺めているのは、やはりこの場面だ。

「バムとケロ」シリーズの絵本を読んでいる時も、また似たような目をしている。例えば『バムとケロのおかいもの』(島田 ゆか・作 文溪堂①)に登場する市場のお店に置いてある雑貨の一つ一つや、あらゆる場面で動き回っている小さなキャラクターたち、そしてバムとケロが暮らす部屋の家具一つ一つまで。じっと見ていたかと思えば、何かをぶつぶつ言っていたり、ページを行ったり来たりしていたり、シリーズの他の絵本まで引っぱり出してきて。何かを比べたり、確認したり、発見したりしている。どうやら、彼らはただ眺めているのではなく、絵本の中の世界を丹念に探索しているのだ。この頃の子どもたちが「ミッケ!」シリーズ(ジーン・マルゾーロ・文 ウォルター・ウィック・写真 糸井 重里・訳 小学館)や「どこ?」シリーズ(山形 明美・作 大畑 俊男・撮影 講談社)のような探し絵本に夢中になっていくのも、なんだか納得してしまうのである。


『バムとケロのおかいもの』"
『バムとケロのおかいもの』
島田 ゆか・作 文溪堂


さらに広く、さらに深く

 そんな小さな探究者たちにとって、面白くないわけがないのがこんな絵本。『わゴムは どのくらい のびるかしら?』(マイク・サーラー・文 ジェリー・ジョイナー・絵 きしだ えりこ・訳 ほるぷ出版)。主人公の男の子が試しているのは、わゴムが一体どこまでのびるのかという実験。部屋のベッドの枠にわゴムを引っ掛け、家の外へ。それだけでも驚きなのに、彼はそのまま自転車に乗り、バスに乗り、汽車に乗り、とうとう……!?

「だめだめー!そんなに伸びないよー!と大騒ぎ」「ページをめくる度に興奮している」などと絵本ナビに寄せられるレビューに微笑ましい気持ちになりながら、でもどこかで「上手くやれば実現できるのかもしれない」なんて静かに考えている子もいるのでは、とも想像してしまう。

 日常の生活と密接に関わってくる研究だってある。『みんなうんち』(五味 太郎・作 福音館書店②)。うんちの観察だ。今自分の体から出たうんちは、どんな形や色をしているだろう。立派なものが出たら、ぜひお披露目したい。そんな風に前向きに明るくうんちと付き合えるようになるために、絵本の果たす役割は大きい。「毎朝トイレで自分のうんちを確認するようになった」「うんちでたー!とトイレから呼ばれるようになった」という声が集まる『うんぴ・うんにょ・うんち・うんご』(村上 八千世・文 せべ まさゆき・絵 ほるぷ出版)、うんちの持つ滑稽さや可笑しさを楽しめる『うんちしたのはだれよ!』(ヴェルナー・ホルツヴァルト・文 ヴォルフ・エールブルッフ・絵 関口 裕昭・訳 偕成社)など、うんちの絵本は大活躍。好奇心の爆発は、どんなところにも潜んでいる。


『みんなうんち』"
『みんなうんち』
五味 太郎・作 福音館書店


 こんな風にして、彼らの好奇心はどんどん広がっていき、そして急激に深まっていく。電車が好き、動物が好き、虫が好き、パンが好き、おばけが好き‥…大人の方がついていくのに必死だ。絵本だけでは収まらず、そのうちに写真絵本や図鑑へと手を伸ばし、すらすらと名前を言えるようになっていく。その姿を見ながら、つい「この子は天才かしら」と思うのだけれど、不思議なことに数年後にはけろりと忘れてしまっていたりもする。

探索の中から見つけた答えは……

 それでも、そんな毎日の体験の中から、自分なりの答えを見つけ出していく様子もまた興味深い。『わたしとあそんで』(マリー・ホール・エッツ・文・絵 与田 凖一・絵 福音館書店③)は、主人公の女の子がはらっぱの動物たちに自分から呼びかける。「ばったさん、あそびましょ」「りすさん、あそびましょ」。ところが、バッタもリスもうさぎもへびも、みんな逃げていってしまう。仕方がないので、池のそばでじっと座っていると、いつの間にかみんなが戻ってきてくれている。さらにじっと我慢していると、シカの赤ちゃんが近づいてきて、彼女のほっぺをぺろり。「ああ わたしは いま、とってもうれしいの」女の子の幸せが、その表情から存分に伝わってくる。子どもたちと小さな動物たちとの交流には、邪魔をしてはいけないような、神秘的な時間が流れているように感じることがある。そうやって、外の世界やまわりの人たちとの距離を探っているのかもしれない。


『わたしとあそんで』"
『わたしとあそんで』
マリー・ホール・エッツ・文・絵 与田 凖一・絵 福音館書店


 小さいながらに、自分は今どうしてこんな状態になっているのか……と考えざるを得なくなっているのは『もう ぬげない』(ヨシタケ シンスケ・作 ブロンズ新社)に登場する男の子。自分で服を脱ごうとして、脱げなくなったまま途方に暮れた彼は思う。「ぼくは このまま おとなに なるのかな」。けれど、ここであきらめるわけにはいかない。「うん!だいじょうぶ! ぼくは ずっと このままで いよう!」4歳児なりの気概と知恵で、なんとかこの状況を切り抜けようとするのだ。出した答えの、健気でユーモラスで愛らしいことよ。

自分一人の想像を超えて

 そんな我が道を行く彼らだが、一方で園生活となると、たくさんのお友だちとの関わりが生まれてくる。同じ年齢とは言え、性格も成長度合いもばらばら。衝突があったり、仲間はずれが起きたりすることもあるだろう。そんなやりとりを、愛らしいくれよんの姿に託して丁寧に描き出しているのが、「くれよんのくろくん」シリーズ(なかや みわ・作・絵 童心社④)だ。1作目の『くれよんのくろくん』では、色の個性が少し強すぎるくろくんの存在をめぐって、ケンカをしてしまう仲間たち。けれど、シャープペンのお兄さんの的確なアドバイスのおかげで、驚きの展開へとつながっていく。さらに、シリーズを通して不思議な友だちに出会ったり、知らない感情を味わったり。気が付けば物語の中でくろくんたちは、小さいしろくんの面倒を見る「お兄さん」の存在になっている。


『くれよんのくろくん』"
『くれよんのくろくん』
なかや みわ・作・絵 童心社


『なきむしようちえん』(長崎 源之助・作 西村 繁男・絵 童心社)のみゆきちゃんもまた、泣いてばかりいたり、先生を困らせたりしながらも、みんなと一緒に遊んだり、行事を経験していきながら、少しずつ嬉しい成長を見せていく。もちろん、現実では同じように上手く行くとは限らない。人間関係の悩みの入り口に立つこともあるだろう。それでも、絵本は4歳児の成長に寄り添いながら、いつでも存在してくれている。

 みんなで一緒に好きなことをとことん探究できてしまうのは、園のいいところ。『おおきなおおきな おいも』(市村 久子・原案 赤羽 末吉・作・絵 福音館書店)では、土の中で大きくなったおいもを想像しているうちに、みんなで紙に描いてみることに。大きな紙をどんどん貼り合わせ、絵の具で描いたおいもの、大きいこと、大きいこと。先生もびっくり仰天。さあ、そこからどうやって幼稚園に運んで食べようか。ヘリコプターやプールまで登場して、子どもたちの空想はとまらない。自分一人の想像をはるかに超えた大きな大きなおいものインパクト。その驚きと喜びはずっと忘れることはないでしょうね。

 さて次は、見る力、考える力がついてくる5歳のお話。いよいよ自分の言葉を使えるようになってくる彼らは、どんな風に絵本を楽しむのでしょう。お楽しみに!


★いそざき・そのこ 絵本情報サイト「絵本ナビ」の編集長として、おすすめ絵本の紹介、絵本ナビコンテンツページの企画制作などを行うほか、各種メディアで「絵本」「親子」をキーワードとした情報を発信。著書に『ママの心に寄りそう絵本たち』(自由国民社)。

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