日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『ひとりぼっちのオルガン』 塩谷直也

(月刊「こどもの本」2015年8月号より)
加部鈴子さん

私の「歌」

 府中刑務所で受刑者更生をサポートする「教誨師」という働きを、キリスト教の牧師として十年ほどやっていた。最後の一年間は満期出所者の教育の一部を任され、出所間近な受刑者と身近に過ごした。

 出所を控えた彼らの顔は決して明るくなかった。出所しても世の流れについていけぬ浦島太郎状態。加えて学校教育をまともに受けられなかった人々、知的障害を持った人々も多い。出所したところで住むところも金もなく、結局は無銭飲食などでまた罪を犯し、刑務所に舞い戻る者も珍しくない。そんな彼らを前にして、私はある絵本を一緒に読み始めた。モンゴル民話『スーホの白い馬』である。

 主人公スーホの最愛の白馬が、理不尽にも殺される。白馬は嘆くスーホの夢の中に現れ、悲しむ代わりに自分の体を使って楽器を作るよう願う。それにこたえてスーホはその亡骸から楽器を作り演奏を始めるのだが、それが後に馬頭琴という民族楽器になったという話である。語り終えて私は受刑者に語った。「皆さんにも大切な『白い馬』がいたでしょう。そしてそれが奪われ、殺されたかもしれません。そのことで一生この世を恨み、憎しみを抱えて生きることもできます。でもスーホのように悲しみから馬頭琴を作り、曲を、歌を奏でることもできるのです。皆さんのこれからの人生が、『歌』になることを願います。」

 実は私も「白い馬」を奪われた。先輩、同僚、後輩、教え子の何人かが自殺で逝ってしまった。体内にうごめく怒りと嘆きを心の奥底に封じ込めて生きることもできた。しかしこの喪失から、彼女ら彼らの亡骸から、私も「歌」を作りたかった。

 今、ようやく私なりの「馬頭琴」ができた。それが今回上梓した『ひとりぼっちのオルガン』である。この本は、ARという技術で、スマホやタブレットを通してページから賛美歌が聞こえ、アニメが展開する。このストーリーと歌と絵の背後に、多くの人々の涙と犠牲があったことを忘れない。彼らこそが、この絵本の本当の作者ではないかと思う。

(しおたに・なおや)●既刊に『なんか気分が晴れる言葉をください』『うさおとあるく教会史』など。

『ひとりぼっちのオルガン』
保育社
『ひとりぼっちのオルガン』
しおたになおや・文
イタクラヨウイチ・絵
渡部富栄・英訳 
本体1,600円