日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私がつくった本58
農山漁村文化協会 阿部道彦

(月刊「こどもの本」2014年10月号より)
かまきりとしましまあおむし

かまきりとしましまあおむし
澤口たまみ/文、降矢なな/絵
2014年5月刊行

『昆虫楽園』(山と溪谷社)は、虫たちの「声なき声」を伝えたいという澤口たまみさんの思いにあふれた素敵なエッセイ集である。そこにこめられたねがいを表現したような絵本ができないか―そんな手紙を澤口さんに送ったのは、もう六年近く前になるだろうか。

 世の中、虫を嫌う人は多い。しかし自然観察員の資格をもち、幼児を対象とした自然観察会をしばしば開いている澤口さんの経験によれば、幼児に虫嫌いはほとんどいないという。虫嫌いは〝つくられる〟のだ。幼い子どもたちが虫目線になれるような絵本ができれば、自然界の虫やそれを取り巻く生きものへのいざないになるのではないか。

 こうして「さまざまな虫を登場させたお話絵本、ただしそのなかで起こる出来事はけっして荒唐無稽ではなく、科学的な事実をきちっとふまえているもの」というこの絵本のコンセプトがかたまった。そこに『あめだ あめだ くわっ くわっ くわっ』(福音館書店)以来、肝胆相照らす仲という降矢ななさんが意気投合。黄金コンビが実現したのだった。

 ニンジンの花を舞台に澤口さんが大好きというかまきり(オオカマキリ)としましまあおむし(キアゲハの幼虫)が出会うという軸は最初から定まっていたものの、両者の性格や物語の展開はなんども大きく書き変えられた。それを細かく書く紙幅はないが、あるバージョンから主人公のかまきりは「おばさんキャラ」ということで落ち着いたのだった。

「科学的な事実をきちっとふまえて」と一口に言っても、物語の展開とのかねあいを考えるとなかなか悩ましい。「動いている生きものをおそう」という物語のポイントとなるかまきりの習性もそうだが、たとえば、ニンジンの花をしましまあおむしたちが食べつくし、やがて蛹になるというときに、どれだけの個体が同じ花に残るのかということひとつとっても、あまり科学に走りすぎると、劇的な表現を損なってしまう。そこで作者はこの絵本では「現実に起こる確率は低いが、ありえない話ではない」というあたりで折り合いをつけている。

 虫たちの姿をどの程度デフォルメするかも難問だ。服を着せたり擬人化することは最初から考えていなかったが、やはり虫たちに表情はほしい。その点、降矢さんの手にかかると、かまきりの眼や脚、体の動きだけで、豊かな表情が醸し出されてくるからまことに不思議である。ただ、その降矢さんにしても、しましまあおむしの表情を体の動きだけで表現するのはやはり無理だったようで、これだけは「顔」を描くことになった。

 そしてなんといっても澤口さんがいちばん苦心したのは、かまきりの最後の言葉。そこはぜひじっさいに絵本を読んでみてください。