日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『デデとひこうき』 中川洋典

(月刊「こどもの本」2014年9月号より)
中川洋典さん

どうぞ よい旅を!

 私が小学三年生の時、同じクラスの友達が飛行機に乗って、東京へ家族旅行をしたことがありました。後日、彼の話で教室中が大騒ぎになったものです。その時分は飛行機に乗ることは、私たち子どもにとっては、なかなか体験できない画期的なことでしたから、随分羨ましく思いました。なにせ車や汽車(電車ではなく!)と違って、空を飛ぶ乗り物なのですから。

 時は流れて二十歳になった時、私は初めて飛行機に乗りました。バスから空港が見えただけで、もう平常心は失われました。それだけ空港という場所は、私にとっては非日常であったと記憶しています。機内に乗り込んだ際の匂い、意外と狭い空間、同乗する人々の声。あらゆることが初体験でした。そして機体が走り出し、地面から浮いた瞬間のあの無重力感といったら、まさに鳥肌もの! 思わず大きな声で「とんだ〜っ」と叫んでしまった私でした。 

 時は更に流れて一九九六年。香港の中国返還を翌年に控え、どうしても訪れておきたいと考えていた私は、友人らと一緒に四人で香港へ渡航しました。その友人の中の一人、Sさんは実は飛行機が大の苦手だったのです。なんとか説得をしたものの、実際に搭乗段階から彼は既に冷や汗だらけ、飛行機が動き出すと、ちぎれるほどに下唇を噛み締めて、もう開かないんじゃないかと思うほど力一杯目を閉じていました。浮いた瞬間はきっと生きた心地がしなかったのでしょう。彼の表情には、ある種の諦めが窺えました。  

 そして二〇一四年。子どもの頃に飛行機に抱いた憧れ、初めてのフライト体験の興奮、飛行機嫌いの友人の忍耐など、いろんな材料を詰め込み煮込んで出来上がったのが『デデとひこうき』です。この絵本を読んでいただく時には「どうぞ よい旅を!」と言って手渡しているのですよ。

(なかがわ・ひろのり)●既刊に『きいてるかいオルタ』『ピオポのバスりょこう』『えかきむしのきもち』など。

「デデとひこうき」
文研出版
『デデとひこうき』
中川洋典・作
本体1,300円