日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『あかい ほっぺた』 野坂悦子

(月刊「こどもの本」2014年2月号より)
野坂悦子さん

赤い背景にこめられた思い

 この絵本の主人公は、ベルギーの小学校に通う女の子。主人公は、みんながトムをからかうきっかけを作ってしまい、その後はいじめを見ているだけの傍観者になります。トムをいじめているパウルがこわくて、どうしても「やめて!」といえません。

 この本を訳していた頃、あるテレビ番組を観ました。親友を自殺で失った高校生の告白を取材したNHKのドキュメンタリーです。親友が他の少年たちに呼び出されたとき、席を立てなかったことを彼は今も悔やんでいます。「もし席を立てば、次はぼくがやられる。それがこわかった……」。

 こわくて、いじめを止めに入れないという気持ちは、どの国でも同じ。呪いのように人を縛り、簡単には解けないものだと強く感じました。

 しかしこの本の主人公は、とうとうある日、いじめをとめようと、教室で手をあげます。絵の背景は目がくらむほど強烈な「赤」。心臓が破裂しそうな緊張、恐怖、迷い、でも私がやらなくちゃ、という決意がすべてこめられています。そこには文章がこう短く添えられていました。「だめ、あげちゃ だめ。さからったら、おしまいなんだ」と。

 この絵と文の「ずれ」をどう捉えたらいいのでしょう? 

 なんども読み返すうち、主人公の葛藤は私の葛藤となり、その「ずれ」こそ、必要な要素だと気がつきました。そこに、迷いから決心するまでの「心の動き」と「時間の流れ」が、凝縮されているのです。読者のみなさんに、この場面で立ち止まってほしい。主人公の心の奥まで入ってほしいと思いつつ、訳し終えました。

 大切なのは、いじめの傍観者である自分に気がつくこと。呪縛を破り、一歩まえへ踏み出すための小さな勇気を持つこと。テレビとはまた違う届き方で、本は心を広げ、メッセージを残します。この絵本を手に取ったみなさんが、物語にそれぞれの経験を重ね、自分自身の物語にしてくれればと、願っています。

(のざか・えつこ)●既訳書にファン・ストラーテン『ふたつのねがい』、ビーヘル『ネジマキ草と銅の城』など。

「あかい ほっぺた」
光村教育図書
『あかい ほっぺた』
ヤン・デ・キンデル・作
野坂悦子・訳
本体1,400円