日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私がつくった本30
平凡社 坂下裕明

(月刊「こどもの本」2011年11月号より)
木のあかちゃんズ

『木のあかちゃんズ』
いせひでこ/著
2011年7月

『木のあかちゃんズ』は、実はあの3月11日の大震災後に企画され、急遽実現した絵本です。

 今春、2月11日から3月31日まで、東京の世田谷文学館で「旅する絵描き いせひでこ展」が催されました。ちょうどそのころ私は、いせさんに翻訳して頂いたフランスの絵本『世界一ばかなネコの初恋』(ジル・バシュレ作)の見本が2月末にできたこともあって、展覧会の会期中、いせさんにお会いする機会が頻繁にありました。それで大地震と大津波による未曾有の被災と原発事故以降、不眠がつづき憔悴しているいせさんの体調が心配でした。

 そんな日々の28日、いせさんからFAXが入ったのです。そこには、被災地の人々への思い、とりわけ子供たちの未来についての自問が綴られていました。─いま私は何をしたらいいのか、絵本作家として何ができるのか?と。そして、いせさんが前日に行なった、展覧会のワークショップ「1本の〝気になる木〟をみんなで育てよう」で、5歳から12歳の子供たちが完成させた素晴らしい壁画をぜひ見て、自分の中で蠢いている話を聞いてもらえませんか、と締めくくられていました。

 30日、壁画の前で、子供たちの繊細で伸びやかなパワーに圧倒されていた私に、いせさんは、こんな趣旨のことを呟かれたのです。「被災地の子供たち、日本中の子供たちに、小さな絵本を作って、できるだけ早く届けられないだろうか。私の中で動いているイメージは赤ちゃん。それ以上はどんな内容になるかまだ分からないけれど、でもこれを越えないと先に進めない気がする」と。そのとき唐突に、〝最も傷つきやすい生き物は詩人〟というシュぺルヴィエルの言葉が私の脳裡に甦ってきました。

 そして5日後の4月4日。具体的な打ち合わせのため、いせさんのアトリエにうかがうと、なんとそこには、鉛筆で描かれたかわいいドングリのあかちゃんの、数枚のエスキス(下絵)が私を待っていたのでした。

 こうして絵本は動き始めました。

 おもわず日録のような素っ気ない一文になってしまいましたが、その方が創造の始まりの秘密を感じて頂けるかな、と思ったからです。作家の日常の水面下では、とてつもない集中とスピードで、森羅万象と交感する受苦的な想像力の格闘が起こっていたのです。

 ボートで旅に出るアオギリ、ヘリコプターにのったボダイジュ、パンク頭のフヨウ、何十年でも眠っているメマツヨイグサ……。風と光に向かう元気な種子たちの姿がつぎつぎと描かれ、2か月後、『木のあかちゃんズ』は〝いのちの芽吹き〟の物語として誕生しました。