日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『母ちゃんのもと』 福 明子

(月刊「こどもの本」2013年7月号より)
福 明子さん

願い事

 なんでも願いがかなうなら…と考えました。楽しい童話がたくさん書けそうな気がしたからです。でも、自分の願い事をまじめに考えてみたら、急に切なくなりました。それは、空を飛んだり、魔法使いになったりする楽しいことではなくて、もう会えない人…例えば天国へ行った母に、もう一度会いたいという願い事だったからです。

『母ちゃんのもと』は、こんなきっかけで書き始めました。だから文の中には私の心がたくさん入っています。たけるが母ちゃんの手をにぎり、「この手…何度も思い出したんやで」と言うところなんて、まさにそうです。私がいま母に会ったら、手だけじゃなく体中触りまくっていると思います。(笑)

 どうやってたけるを母ちゃんに会わせようか。「そんなばかな」と笑えるやり方はないかな。オレンジ色の粒、電子レンジ、なぞの八百屋さん、そしておもしろすぎる母ちゃん…こんなことを考えてる時がいちばん楽しかったです。テンポが大事。不思議な風も吹かせよう。みかん畑、青い空と白い雲、大好きなものもたくさん書きました。

 でも、初めから決めていたことが一つ。たけるには母ちゃんとの別れが待っているってことです。それがこの願い事の宿命なのかも…。できれば父ちゃんも母ちゃんに会わせたかったけれど、父ちゃんにはこの別れ、少々ハードすぎます。それは父ちゃんが大人だからでしょうか。たけるは子どもだけれど、子どもには大人にない力があると私は思います。それは心を育てる力です。たけるなら一人で大丈夫…そう信じて書いていると、たけるはどんどんたくましくなってくれました。最後にたけるが、切なさを胸の奥にしまってグッと自転車のペダルをふんだとき、母ちゃんが空の上でガッツポーズをしたように思えて、私も嬉しかった!

 ただ考えてみれば、この願い事は私にもハードすぎるってことになります。「残念やな。おばちゃんも一応、大人やからな」……たけるに一本とられた気がして、今は少しだけくやしいです。

(ふく・あきこ)●既刊に『ジンとばあちゃんとだんごの木』『天風の吹くとき』『ポテトサラダ』など。

「母ちゃんのもと」
そうえん社
『母ちゃんのもと』
福 明子・作
ふりやかよこ・絵
本体950円