日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『わたしのくつ』 柴田愛子

(月刊「こどもの本」2013年1月号より)
柴田愛子さん

たいせつなこと

 保育の仕事をして40年になります。

 若い頃、都内の私立幼稚園の先生をしていました。ある日、4歳のかおるちゃんが新しい靴を履いてきました。園につくと脱いで裏についた汚れを、手でパタパタと払いました。それだけではなく、大事に抱きかかえたのです。そして、その日は庭には出ずにみんなの遊びを眺めていました。

 そのときの光景は今も私の脳裏に焼きついています。かおるちゃんが大事に大事にしながら、少しずつ自分の靴に馴染んでいく様子。「あたらしいくつ」が「わたしのくつ」になっていく、幸せな時間を横から眺めさせてもらっていました。

 30年前に「りんごの木」という認可外の幼児園をたちあげました。2歳から5歳までの幼児が通ってきています。

 昨年の7月、5歳児の子どもたちと丹沢にキャンプに行きました。かんなちゃんが新しい靴を履いてきました。キャンプに? あー、きっと電車に乗ってお出かけだから、履いてきたかったのよね。川遊び用の靴に履き替えた彼女は、新しい靴をみんなとは違う場所をみつけてそっと置いていました。同じだなぁ、あのときと同じだなぁとうれしくなりました。

 子どもはいつも心を動かしながら新しいことに向き合っています。新しいものに突進して迷わず我がものにすることはありません。少しずつ、少しずつ、ちょっと慎重に、向き合っていきます。それは、ものとの出会いだけでなく、友だちとの出会いでもそうです。そっと近づき、共に歩み寄り、友だちになっていく。丁寧に心を添わせていく姿は、ドラマのように素敵です。

 なん年たっても、子どもたちの心模様は変わりません。子どもは大人になってしまった私が忘れかけている心の原点に気づかせてくれるのです。子どもたちが私の芯の部分を育ててくれているように思っています。

 忙しい時代だからこそ、使い捨てが当たり前になってしまいがちな時代だからこそ、こんな本が作ってみたかったのです。

(しばた・あいこ)●既刊に『けんかのきもち』(伊藤秀男/絵)、『ざりがにつり』(かつらこ/絵)など。

「わたしのくつ」
ポプラ社
『わたしのくつ』
柴田愛子・文
まるやまあやこ・絵
本体1,300円