こどもの本

私の新刊
『くじらの子』 石川 梵

(月刊「こどもの本」2021年10月号より)
石川 梵さん

くじらと生きる

 モリ一本でマッコウクジラを獲る民がいる、そんな噂を耳にし、初めてこの村を訪れたのは一九九一年のことだ。火山性の土質で作物ができない村では、鯨一頭獲れると、村が二か月食えるといわれ、鯨が村の命を繋いでいた。

 ラマレラの民はヤシの葉で編んだ帆を張り、手作りの一二メートルほどの小舟で鯨を追う。鯨はめったに出ず、毎年猟期の三か月間通ったにもかかわらず、鯨が初めて獲れたのは四年目のことだった。村は鯨猟を通じ強く団結しており、猟期はさまざまな禁忌を守り、争いごとを避けるなどして、男も女も力を合わせて生きていた。鯨が獲れた後は女たちが何十キロもある鯨の肉を頭に乗せ、近隣の山々へ山の幸と交換に行く。その様子はまるで昔の日本の鯨村に迷い込んだようだ。そして素朴すぎる鯨漁は近い将来絶えるのではないかと危惧した。

 しかし、二〇一〇年に一三年ぶりに村を再訪すると、鯨舟の後ろに船外機こそついたものの、以前と変わらぬ太古のような猟の姿が残っていた。そして二〇一七年からこの村の記録映画「くじらびと」(二〇二一年九月公開)を撮り始めた。いつ絶えるかわからない鯨村の様子を後世に伝えるためだ。その時出会ったのが、この『くじらの子』の主人公エーメンだった。大自然の懐で、生き生きと遊び、学ぶエーメンの姿は眩しかった。鯨にモリを打ち込む男はラマファと呼ばれるのだが、子どもたちの英雄はサッカー選手でも野球選手でもなく村のおじさんたちだった。ここには私たちが忘れかけている大事なものが残っている。その姿を少年の目線から伝えるために制作したのが、この写真絵本『くじらの子』だ。コロナ禍も二年目に入ったというのに東京では緊急事態宣言が発令され、閉塞感に包まれている。出来上がった本のページをめくっていると、撮影したとき以上にその姿は眩しく感じられる。人間が人間らしく生きるということはどういうことなのか。この本が日本の子どもたちに、大事なことを届けてくれるのではないかと期待している。

(いしかわ・ぼん)●既刊に『鯨人』『伊勢神宮 式年遷宮と祈り』など。

『くじらの子』
少年写真新聞社
『くじらの子』
石川 梵・写真と文/宮本 麗・写真
定価1,980円(税込)