日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『うねゆたかの 田んぼの絵本(全5巻)』 宇根 豊

(月刊「こどもの本」2021年6月号より)
宇根 豊さん

百姓仕事の何を伝えるか

田植えの時につけた足跡にお玉杓子(オタマジャクシ)が集まっています。強い日差しの中で、少しでも水温が低いところを探しあてたのです。べつに私は彼らのために足跡をつけたわけではないのに、何となく嬉しくなります。田んぼの水だって、お玉杓子を育てるために溜めたのではありません。

このように、意図せず目的としていないのに、百姓仕事の結果として、生きものたちは生をくり返します。ありふれた自然現象です。百姓も、このことを言葉にして伝えたりはしません。

しかし農業の土台には、こういう百姓仕事の不思議さがあるからこそ、自然は輝き農業生産は持続してきたのです。なぜなら稲は米になる前に生きものとして、他の生きものたちと一緒に、こうした世界で育ってきたからです。

私たち百姓は、仕事の中で目を合わせる生きものには、つい言葉をかけてしまいます。「もう花を咲かせたね」「少し調子が悪いんじゃないか?」と。この生きもの同士のような感覚は、かつては、百姓の目指すところでした。「稲の声が聞こえるようにならないと一人前の百姓ではない」と言われていた頃を思い出します。

現代では、「こういう技術を行使すれば、こうした結果が得られます」というマニュアルが溢れています。しかし、相手の生きもの(作物・家畜・田畑)が「こうしてほしいと願っているから、こういう手入れをするんだ」という感覚こそが、農のいのちです。

案外子どもたちには、この感覚がよく伝わります。大人が抱かなくなった疑問を、子どもはぶつけてきます。「土に石ころがないのはなぜ」「なぜ赤とんぼは人間に寄ってくるの」と。それに私は百姓の「語り」で答えます。

じつは子どもたちに伝えたかったことは、大人にも伝えたいことでした。これまで誰も語ろうとしなかったことが、小林敏也さんのたおやかな絵にのって、きっとあなたをうなずかせることでしょう。

(うね・ゆたか)●既刊に『農は過去と未来をつなぐ』『日本人にとって自然とはなにか』など。

『うねゆたかの
農山漁村文化協会
『うねゆたかの 田んぼの絵本(全5巻)』
宇根 豊・作/小林敏也・絵
各巻定価2,970円(税込)/揃定価14,850円(税込)