日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『あなふさぎのジグモンタ』 とみながまい

(月刊「こどもの本」2021年4月号より)
とみながまいさん

あなあくまえより、すきになる

 虫たちの命のいとなみには、ユニークなアイディアがいっぱいです。小さな生きものたちが、気の遠くなるような世代を受け継ぎながら、その種だけの独自の生き残り術を獲得してきたことには、いつも驚かされます。その姿に私たちの生活を重ねて考えると、大発見に出会ったりもします。それは、とてもゆかいな時間です。

 石塀の下に、土からのびた根のようなものが張り付いているのが、ジグモの巣です。かつて、ジグモ釣りを楽しんだ方もいるのではないでしょうか? クモですが、網は張りません。土の中に靴下のような巣を編みます。獲物を取り込むときに巣にあいた穴は、修繕して大切につかいます。その健気さに、おはなしがうごきだしました。

 主人公のジグモンタは、「あなふさぎや」です。洋服にあいてしまった穴を、なかったようにふさぐ職人です。ジグモンタは穴を消して、もう一度洋服に命をあたえます。でも、先祖代々受け継いできたこの仕事も最近は流行りません。新しいものが簡単に手に入るからです。おおいに悩む、ジグモンタ…。

 私も一緒に、「穴」について考えました。あいてしまった「穴」というのは、残念な存在です。でもこの「存在」とは、一部が失われる「不在」によって出現するのです。その喪失に無限の想いが広がります。面白い!

 この穴を「なかったことにする」なんて、ちょっともったいない気がしてきました。穴があくまえの思い出、あいてしまった思い出、そしてふさぐ思い出がかさなって、穴はとっても愛おしい存在になるのかもしれない…昔、母が繕ってくれた靴下のように。

 ジグモンタと一緒に、私も気づくことができました。小さな生きものたちに、また教えてもらったのです。

 世界中で、時間に穴があいてしまったような2020年、この絵本が旅立ちました。きっと、これからそれぞれに穴がふさがれて、「穴あくまえより愛おしい世界」になることを願っています。ちょっと、大袈裟に聞こえるかもしれませんが、ほんとうに。

(とみながまい)●既刊に『うれないやきそばパン』『こんこんとやさしいやさい』『ぞーっくしょん!』など。

『あなふさぎのジグモンタ』"
ひさかたチャイルド
『あなふさぎのジグモンタ』
とみながまい・作/たかおゆうこ・絵
定価1,430円(本体1,300円)