こどもの本

私がつくった本36
小峰書店 北尾知子

(月刊「こどもの本」2012年7月号より)
花実の咲くまで

『花実の咲くまで』
堀口順子/作、みずうちさとみ/絵
2012年4月

 関西に生まれ育った私にとって、なじみのあるお笑いといえば漫才でしたが、上京してから江戸落語に親しむ機会が増えました。解説書や絵本にはない新しい切り口で、落語と児童書を結びつけることができれば、とつねづね思っていたので、「落語家になりたい中学生の男の子が主人公なんだけど」と、著者の堀口順子さんからプロットをもちかけられたときは、二つ返事で「やりましょう!」と応じました。

 坊っちゃん文学賞受賞のあと、なかなか次作のペンが進まなかった堀口さんの支えとなったのが、立川談志の高座をはじめとする落語でした。毎日のように独演会や寄席に通い、噺家さんたちの口演に笑い泣きするうち心に芽生えたのが、主人公の中学生・新太郎だったそうです。「よし、絶対にいい作品にして、談志師匠に読んでもらおう!」それを合い言葉に、推敲を重ね、向こうっ気の強い新太郎と、天国からもどってきた落語家のじいちゃんというキャラクターが生き生きと立ち上ってきました。

 物語が完成するにしたがって、もうひとつ実現したいことができました。作中には、「たぬき」「文七元結」「寿限無」など、江戸古典落語の作品や登場人物が随所に織りこまれます。落語にくわしくない読者にもそれぞれの噺の内容がわかったら、もっと楽しんでもらえるにちがいない、物語に沿った挿絵だけでなく、落語の紹介を兼ねるようなものを入れられないかと思い立ったのです。それでは、その挿絵をどなたにお願いしたらいいかと考えていたとき、みずうちさとみさんの刺繍イラストに出会いました。繊細なタッチなのに、どこかユーモアがにじみ出る作風は落語に通じるものがある! 直感を信じて連絡をとってみると、「私も落語はとても好きで、個展のテーマを落語にしようかと思っていたところだったので、びっくりしました!」。こうして、落語の名場面が、刺繍糸で描かれた水墨画のような姿で、物語に彩りを添えてくれることになりました。

 死んで花実が咲くものか、いま生かされているいのちをひたむきに生きるんだ─新太郎は、じいちゃんとの不思議な時間をとおして、自分で道を切り開く強さを得るとともに、たいせつなものを取りもどします。それは「笑い」。人生は、歯を食いしばってがんばるだけでなく、笑ったり泣いたりしていいはず。落語は、そんな人生の縮図だからこそ、新太郎に(ということは堀口さんに)明日へのエネルギーを与えてくれたのかもしれません。

『花実の咲くまで』を、読んでもらおうと願った談志師匠は、残念ながら昨秋亡くなられました。しかし、出せなかったラブレターのようなこの作品が、これからを生きる若い人たちへのメッセージとして、少しでもエネルギーを与えるものになるなら、本当にうれしく思います。