日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

我が社の売れ筋 ヒットのひみつ18
『やさしいライオン』 フレーベル館

(月刊「こどもの本」2020年9月号より)

深淵なテーマが詰まったロングセラー
『やさしいライオン』
やなせたかし 作・絵
1975年1月刊行

 フレーベル館のヒット作を語るとき、忘れられない存在はやはりアンパンマンなのですが、その作者やなせたかし先生が「この絵本のヒットがあったからこそ、アンパンマンを描くことができた」と語る絵本が『やさしいライオン』です。初版は1975年。45年間絶えることなく地道に刷を重ね、現在83刷のロングヒット作品です。

 やなせ先生が亡くなられた2013年、私は2人の編集部員と共に400頁に及ぶ集大成『やなせたかし大全』の編集をしていました。生前、何度かの取材で、制作に向かう姿勢や作品への思い入れについて伺う貴重な時間を得られ、同書の中でも特にこの絵本は大きく展開し、創作秘話にも迫っています。

 みなしごライオン・ブルブルと、育ての親となっためす犬・ムクムク親子の愛情と、人間の銃撃に倒れる悲劇を描いたこのお話は、実はラジオドラマ、短編小説、アニメ、紙芝居など、絵本以外にも様々な形で発表されています。それほど作者にとって大切なストーリー、テーマでした。

 このお話は、当時報道された2つの記事~ドイツの動物園で犬がライオンを育てた記事と、サーカスの猛獣が逃げ出して射殺されてしまった記事~をきっかけに描かれています。なぜそこまでそのエピソードに入れ込み、制作を重ねたのか。それは5才で父を失い、7才で母と別れ、叔父夫婦に引き取られたやなせ先生の生い立ちに起因するものでした。種を超えた愛情で繋がるブルブルとムクムクの姿に、実母への思慕や、自分と養父母の姿を重ね合わせ、警官隊に撃たれたやさしいライオンの悲しいシーンでは、自身の戦争体験、最愛の弟を戦争で亡くした悲しみを込め、「熱涙」を流しながら描いたそうです。

 先生は、この作品についてこう語っておられます。「子どもの読み物として残酷すぎるのではないかといわれる方もいるかと思いますが、人生の悲痛については眼をそむけるべきではないと考えています。…私は愛と勇気について語りたかったのです。」

 昨年、この絵本のテーマについて弟と議論になったという中学生女子からお手紙が届きました。「愛のいとおしさ、切なさ」「人間の身勝手さ」、「人生の悲しさ」…やなせさんはどれを描きたかったのでしょうかと。作者の言葉はもはやいただけませんが、きっと伝えたかったのはその全て。伝えたいという真の熱情と、変わらない人間の奥深いテーマを描いているからこそ、45年の月日が経とうと心に届き、ヒットを続けることができるのだなと改めて感じた印象深い出来事でした。

(フレーベル館 池上理恵)