日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『最後のドラゴン』 三辺律子

(月刊「こどもの本」2019年10月号より)
三辺律子さん

女の子とドラゴンの友情物語

 むかしから、ドラゴンの出てくる物語が好きだった。『指輪物語』、『はてしない物語』、「ゲド戦記」シリーズ……。ファンタジー世界に住まうドラゴンたちは、巨大で、誇り高く、知恵があり、時に恐ろしく、人間など遠く及ばない偉大な存在だった。そんな彼らに畏怖の念を抱きつつ、ずっとあこがれてきたように思う。

 でも、本書『最後のドラゴン』に登場するグリシャは一見、そうしたドラゴンたちとはちがう。暮らしているのは、一九世紀のドイツの森~二〇世紀のウィーンのホテルだし、大きさもふだんは人間よりちょっと大きいくらいで、魔法も使えず、挙げ句にティーポットにされてしまう。「将来偉大なことを成し遂げる」と言われても、「気恥ずかしく」なってしまうような、ドラゴンらしからぬ控えめなドラゴンなのだ。

 でも、そんなグリシャだからこそ、やはり一見ごく平凡な人間の女の子マギーと仲良くなる。二人がゆっくりと、互いの気持ちを思いやりながら、距離を縮めていくようすが丁寧に描かれ、相手のことを大切に思う尊さに打たれずにいられない。

 けれど、「ゆっくりと」何かをする時間を失った人間たちには、ドラゴンたちのことを考える余裕などない。かつてのように戦場で役に立つこともないドラゴンたちは、もはやお荷物にすぎない。やがて七十頭以上のドラゴンが行方不明になるが、人々は彼らのことを忘れていく。

「忘れたのは、覚えているよりもそっちのほうがらくだったからだと思う。起こってしまったことに対し、どうすることもできなかったから」

 このグリシャのセリフを読んだとき、ぜったいにこの本を訳さなければ!と思った。

 そういえば、「ゲド戦記」の著者ル=グウィンは「アメリカ人はなぜ竜が怖いか」というエッセイでこんなふうに書いている。「『いったい、何の得があるのだ』と彼は言うでしょう。『竜だと? ホビットだと? 緑の小人たちだと? そんなのものがいったい、何の役に立つのだ?』」

(さんべ・りつこ)●既訳書にC・クラーク『パンツ・プロジェクト』、A・スノウ『だれも知らないサンタの秘密』など。

『最後のドラゴン』"
あすなろ書房
『最後のドラゴン』
ガレット・ワイヤー・著/三辺律子・訳
本体1,600円