日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『瓶に入れた手紙』 伏見 操

(月刊「こどもの本」2019年7月号より)
伏見 操さん

すがすがしい本

 ヴァレリー・ゼナッティの本には、希望がある。圧倒的な不条理や辛い現実を描いても、それを甘さや一方向だけから見た正義でごまかすことなく、読み終わった時、遠く明るい空を見つめたような、すがすがしい気持ちにさせてくれる。わたしがヴァレリーの作品に惚れている、いちばんの理由は、そこにある。

 ヴァレリーは、大きな「信頼」を持つ作家だ。彼女は読者を信じている。信頼して、自分の心の奥から生まれ出たものや自分自身を手渡している。きっとヴァレリーは世界を信頼しているのだろう。彼女は、人間とその営み、それを取りかこむ世界、生き物、そのすべてが好きなのだ。子どもの本の訳者として、ヴァレリーの作品を通して、希望と信頼を読者に手渡せることは、本当に幸せだ。

 それにしても、この本を訳すのは大変だった。自分がどれほど、今、起きていることを知らないかを痛いほど感じた。あとがきを書くのに、そのための勉強時間も含めて、一年以上かかってしまった。なのにまだ、ほんの入り口に立てたかどうかさえ、自信がない。

 この本はパレスチナ問題を基軸にしているが、恥ずかしながら、わたしはずっとそれを、領土と宗教の問題なのだろう、世界史で習った「イギリスの三枚舌外交」のせいだろうと、漠然と思っていた。でも、少しでも真剣に歴史を読めば、根っこがそこにないことはすぐわかる。ヨーロッパ列強やアメリカなどの大国―つまり強者が、自分の利益ばかりを考えて、そのしわ寄せがすべて弱者に行き、パレスチナ人が翻弄されている。その状態を、周囲の無知と無関心が支えているのだ。そういう目で見ると、身近に同じ構図の問題がどれほど山積みになっていることか。それに気づき、愕然とした。パレスチナ問題は、今、世界が、わたしたちが、抱えている問題の縮図なのだ。

 本を訳すことにより、ただ読んでいるだけでは届かない、遠くの場所に連れて行ってもらえる。新しい世界に目を開かせてもらえる。しみじみ楽しい。

(ふしみ・みさを)●既訳書に『バイバイ、わたしの9さい!』『てをあげろ!』(ハムスターのビリーシリーズ)など。

『瓶に入れた手紙』"
文研出版
『瓶に入れた手紙』
ヴァレリー・ゼナッティ・作/伏見 操・訳
本体1、500円