日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『まえばちゃん』 かわしまえつこ

(月刊「こどもの本」2019年4月号より)
かわしまえつこさん

見えない力に守られて

 娘が十歳くらいの頃、なかなか抜けない乳歯がありました。上の左の、犬歯の奥の歯。かなり揺れるのに、全然抜けません。数か月経っても、ぐらぐらのまま歯茎にくっついていました。「どうしてこの歯、抜けないの?」と娘。「うーん。きっと、あなたのことが大好きだから、離れたくないんじゃないかな」なんとなく、いい加減に答えるわたし。……そんなやりとりから、『まえばちゃん』は生まれました。

 乳歯が永久歯に生え変わるのは、だいたい六歳から十二歳頃。児童期とぴったり一致するわけで、乳歯が一本また一本と抜けるたびに、子どもは幼児の世界から大人の世界へと進んでゆくのでしょう。歯が抜けるというのは、当たり前だけれど、よく考えたら随分不思議なことです。口の中に生えているとき、歯は紛れもなく自分の一部ですが、抜けてしまうと、もう自分ではないのかな? それに、伸び続ける髪や爪も、ひと時も休まずに動いている心臓や肺も、不思議。見わたせば、ダンゴムシもチョウも不思議だし、木も空も海も、すごく不思議。そんな、自分というもの、世界というものの不思議に気づくのも、おそらくこの頃。そしてこの時期は、よろこびや楽しみと共に、かなしみや苦労も多いものです。

 初めて生えた乳歯、まえばちゃんは、主人公ななこの絶対の味方。いつもななこを励まし応援してくれます。まえばちゃんの見えない力に守られて、ななこは、元気に明日へ向かうことができるのです。

 ドジで泣き虫のななこと、姉御肌のまえばちゃんを、いとうみきさんが美しい二色使いで生き生きと描いてくださいました。ページのあちらこちらから、ななこの少し甲高い声が聞こえてくるようです。ななことまえばちゃんがお揃いのスカートをはいているのも、とっても可愛い。まえばちゃんの独り言ページも、見逃せません。

 今まさに日々を果敢に生きる子どもたちと、かつて乳歯と共に過ごした大人の方たちに、楽しんで読んでいただけたら、うれしく思います。

(かわしま・えつこ)●既刊に『星のこども』『花火とおはじき』『わたしのプリン』など。

『まえばちゃん』"
童心社
『まえばちゃん』
かわしまえつこ・作
いとうみき・絵
本体1,000円