日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『グルメ小学生 パパのファミレスを救え!』 次良丸 忍

(月刊「こどもの本」2018年12月号より)
次良丸 忍さん

明日香村と啄木と

 奈良の明日香村を訪れたのは、大学三年の冬のこと。なにか目的があったわけではなく、不意に思い立っての、気ままな一人旅だった。

 明日香村では、石舞台や亀石ほか有名な旧跡を終日見て回り、その後、村の観光案内で紹介してもらった民宿に泊まったのだが、その時の夕食が『グルメ小学生 パパのファミレスを救え!』の前半のヤマ場、子どもグルメ選手権のチャンピオン決勝戦で、最後のクイズになっている飛鳥鍋だった。

 出汁が白く濁っているが、味噌ではない。酒粕でもない。とんこつ、いやそれよりもっとまろやかな、それでいて後味がさわやか、これはいったい?

 初めて飛鳥鍋を食べた時の感想は、ほとんど主人公のカレンと同じ。いや、その時の自分の感想を、カレンにいわせたというのが本当のところだ。

 その後、白く濁っていた原因は牛乳を加えたものだと民宿の女将に教えてもらったが、まさかこの三十年以上前のちっぽけな記憶が、創作に活かされる日がこようとは思わなかった。

 さらにいうと、この旅のおともにカバンに突っ込んでいたのが、石川啄木の歌集『一握の砂』。駅の書店でたまたま目にとまり買ったのだが、この偶然にも驚いた。

 何が偶然なのか、『グルメ小学生』を読んでいない方にはわからないことだが、この物語の後半は、ある短歌に込められた謎を解くという展開なのだ。

 飛鳥鍋に短歌。

 まるでこの物語の取材のような旅に、ひょっとして自分は予知能力があるのかも─なんて能天気に一瞬思ったけれど、それは百八十度反対の話。むしろあの旅の記憶が、この物語を書かせたというのが正解なのだろう。

 今後もこのシリーズは、全国津々浦々、あちらこちらのご当地グルメや、B級グルメに焦点を当て紹介していく予定だ。

 もちろん昔の記憶だけでなく、新しい情報もばんばん取り入れるつもりなので、ぜひ期待してほしい。

(じろまる・しのぶ)●既刊に「れっつ!」シリーズ、「おねがい 恋神さま」シリーズなど。

『グルメ小学生
金の星社
『グルメ小学生 パパのファミレスを救え!』
次良丸 忍・作
小笠原智史・絵
本体1、300円