日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『みずのこどもたち』 阿部海太

(月刊「こどもの本」2017年9月号より)
阿部海太さん

全ての生けるものたちと

 先日、私の住む神戸の港のコンテナから毒を持った外来種のアリが見つかったという記事を目にしました。そんな折、近所の友人達との食事の席でふと件の記事が話題になったところ、突然一人の友人が目に涙をためながら「アリが可哀想だ」と訴え始めました。その声は怒りに震えており、彼女の中で張りつめていた思いがまさに溢れ出た瞬間でした。「勝手に違う土地に連れて来られて、まるで悪者のように掲示板に貼り出され、アリがどんな思いをしているか」。草木を愛し、自然のリズムに同化するような暮らしを営む彼女の穏やかな顔が、このときばかりは固くこわばっていたのが忘れられません。彼女の悲憤な嘆きを横で聞きながら、私は自分の描いた絵本のことを思い浮かべていました。
 普遍的な何かに触れたくてずっと絵を描いてきました。絵本でもそれは変わりません。水をテーマに絵本を描こうと思ったのも、形の定まらないものが延々と循環するさまに生命の秘密の一端を見た気がしたからです。水が自らの身体に流れていることを意識するだけで世界が違って見えてきます。草、木、虫、動物、生けるものたちと自分との境界がほどけていくような気持ちになります。神話には人や動植物の体がころころと入れ替わる物語がたくさんありますが、きっと昔の人々はそこに何の隔ても無いことを日々の生活の中で深く理解していたのだと思います。
 それに比べて今の世の中はどうだろう。自分はどうだろう。やたら目や耳を塞ぎ合って、都合良く敵を仕立てては罵り合い、何もかもバラバラに分断されてしまっている気がしてなりません。
『みずのこどもたち』は水の流れを追った物語ですが、決して科学の絵本ではありません。世界と向き合うのに必要なのは理屈や解説だけではないはずで、そこにこそこの絵本の果たす役割があるのではと思っています。この本が、子供も大人も皆が持ち得る・生き物としての感覚・を呼び醒まし、優しい未来へと繋がるひとつのきっかけとなればとても嬉しく思います。

(あべ・かいた)●既刊に『みち』。

「みずのこどもたち」
佼成出版社
『みずのこどもたち』
阿部海太・作
本体1、800円