日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『ママ!』 枇谷玲子

(月刊「こどもの本」2012年3月号より)
枇谷玲子さん

本は人をつなぐ

『ママ!』はデンマークの児童文学センターの皆さんから、面白いよ、と顔をほころばせながら薦めていただいた作品です。 

 その後私は、語学学校の授業で本の朗読をしました。その学校の生徒の大半は、戦火を逃れて来た難民でした。生きるためにデンマークに移住した彼らに、平和な国出身の私は、どこまで踏みこんでよいか測りかねていました。ところがこの本を朗読したとたん、たちまち皆が面白いと、声を上げて笑ってくれたのです。その光景を目の当たりにした私は、たとえ育った国の文化や社会情勢は違っても、心は通じ合うはず─そう強く感じました。

 その七年後、ようやく日本での出版が決まったのですが、訳文の完成までは、試行錯誤の連続でした。主人公がお隣りさんをママと呼ぼうとして、マではじまる別の言葉を口にしてしまうところが、原書では特に面白いのですが、翻訳にあたり、それらの表現を一から考え直さなくてはならなかったのです。訳文に満足できずにいたところ、編集者の佐藤力さんが、画家の高畠那生さんとデザイナーの金内織恵さんを交え、話し合いの場を設けてくださいました。

 高畠さんと直接お話しできた事で、前歯、迷子、巻尺、マラソンなど、音の響きだけでは面白みに欠ける物も、イラストが加わるとユーモラスになる事、逆にマフラーなど、イラストにすると案外つまらなくなってしまう言葉もあるという事が分かりました。マではじまる言葉のイラストが一杯散りばめられた、遊び心溢れる見返しも、高畠さんのひらめきによるものです。

 金内さんもとても鋭い感性をお持ちの方で、装丁について斬新なアイディアをたくさん出してくださり、さらに私が思いもつかなかった物語の解釈まで提示してくださいました。

 皆でわいわい話し合ったあの日の熱気が本に染み込んだのか、ダイナミックでユーモラス、それでいてじんとくる素敵な作品に仕上がりました。

 どうか皆さん、読んでくださいね。

(ひだに・れいこ)●既訳書にM・ヨンソン『ハエのアストリッド』、E・アスムセン『太陽のくに』など。

「ママ!」
ひさかたチャイルド
『ママ!』
キム・フォップス・オーカソン・作
高畠那生・絵 枇谷玲子・訳
本体1,600円