日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

『大津波のあとの生きものたち』 永幡嘉之

(月刊「こどもの本」2016年4月号より)
永幡嘉之さん

震災のあとで失ったもの

 今でも、「津波でいなくなった生きものはどうなりましたか」と尋ねられる。海岸の生きものは、わずかな例外を除き、津波をしたたかにくぐり抜けていた。そればかりか、空前の大繁栄を見せていた。農地の跡に水がたまってできた湿地には多数のトンボが飛び交い、マツが枯れた海岸林では、季節ごとに様々な花が咲き競っていた。
 だが、それらは数年ですべて姿を消した。復旧という名の前例のない大規模な土木工事、つまり人の手によって。
 本来の自然環境ならば、人が手をかけなくても、砂浜は砂浜のまま、林は林のままで続く。しかし、田畑のような人工環境では、農薬をまくなどの管理が必要になる。これまで、東北の海岸には、人手をかけなくとも存続する状態、つまり自律した生態系がある程度は保たれていた。それは間接的に農林漁業を支えてきた基盤でもある。さらに、風景や動植物、風などが人々の心に安らぎをもたらすことで、人々の生活を支える大きな要素にもなっていた。
 そうした生態系の価値は、すぐに金銭に置き換えられないため、財産とみなされない。防災の名のもとに造られる堤防や人工林は、人命と財産を守ることを前提にしていた。そして、津波跡は隅々まで重機により造成され、自然環境はほとんどが失われてしまった。
 私たちが工事計画の見直しを求めて奔走した津波の翌年頃には、「早く復旧を」という声ばかりが大きかった。五年が経ち、堤防や人工林の多くが出来上がった、今になってようやく「これでよかったのか」という声が上がり始めているが、ひとたび失われたものは二度と戻らない。生態系は、気候など土地の自然環境にあわせて、長い時間をかけて成り立ったもので、人の手によって作り出すことはできないのだ。
 今回は目先に必要なことに重きが置かれ、長期的に必要なことが置き去られた。失ったものの重さは、やがて浮かび上がるだろう。でも、気落ちする余裕はない。日本全国の海岸線を子どもたちの代まで残すために、東北での教訓を生かさねば。考える日々は続く。

(ながはた・よしゆき)
●既刊に『原発事故で、生きものたちに何がおこったか。』『巨大津波は生態系をどう変えたか』など。

『大津波のあとの生きものたち』
少年写真新聞社
『大津波のあとの生きものたち』
永幡嘉之・写真・文
本体1,400円