日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

『だから走るんだ』 中川洋典

(月刊「こどもの本」2016年4月号より)
中川洋典さん

絵本のなかでフルマラソンを

 日々部屋に籠もって絵や文章をこねくり回している私が、運動をする機会と言えば、せいぜいストレッチぐらいでした。八年前、友人に久米島マラソンに誘われるまでは。
 仕方なく走り始め、自らの体力の無さに驚き、音を上げつつ、それでも走れる距離が少しずつ延びてゆく喜びに目覚めました。そして初めて出た久米島マラソンが十キロメートルの部でした。それから毎年十月の最終日曜日に参加するようになり、三年後には念願のフルマラソンの部に出場しました。恐る恐る走った四十二・一九五キロメートルでしたが、五時間弱かかってなんとかゴール! 完走メダルをかけてもらうとき、頭を下げた瞬間に、溜まっていた水がこぼれるように、一気に涙があふれ出てきたのです。「何なんだ、この涙は?」泣いている本人に泣く理由がわかっていないのに、一向に涙は止まりません。思いもよらない感情の発露に、我が事ながらびっくりしました。そのときから、フルマラソンを走る内容の絵本を作ってみたいと思い始め、二〇一五年十一月にでき上がったのが『だから走るんだ』です。
 マラソンブームと言われるほど多くの大会が日本全国にあります。大都会のメガサイズのマラソンレースも人気がありますが、私が描きたかったのは離島での小さくても手作り感あふれた、ローカル色が豊かなレースでした。
 この本を作っている最中は、お世話になった宿の大将や、食堂のご夫婦、レースの運営スタッフ、腰の低い町長、一緒に走った日本各地からやってきたランナーたちのことが想い出されて、胸のあたりが熱くなってばかり。そんな全身で感じたフルマラソンを走る魅力が、読者の皆さんに少しでも伝われば嬉しい限りです。
 この「こどもの本四月号」が出ている頃、私はたぶん十回目のフルマラソンを走り終えて、きっとヘトヘトになっていることでしょう(笑)。

(なかがわ・ひろのり)
●既刊に『焼き肉を食べる前に。』『そらから かいじゅうが ふってきた』『きいてるかい オルタ』など。

『だから走るんだ』
あかね書房
『だから走るんだ』
中川洋典・作
本体1、300円