日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『ここで土になる』 大西暢夫

(月刊「こどもの本」2015年12月号より)
大西暢夫さん"

寄り添ったから、感じたこと

 北海道から九州まで、たくさんのダムがあり、その湖底には村が沈んでいることを知ったのは、二十五年くらい前だった。以来、ダムが造られる現場に通い、写真を撮り続ける日々がライフワークになった。
 この本の舞台になった熊本県球磨郡五木村は、半世紀以上もダムの問題で揺れ続けた地域だ。ぼくが最初に行ったのは、今から二十年前になる。
 集落の旅館『まるとく』を拠点に、一日中、村を歩いていた。
 木造の校舎からは、授業中の子どもたちの声が聞こえてくる。畑で農作業をするお年寄りと挨拶を交わし、嬉しかったことなどを思い出す。
 撮りたい写真を撮って、美味しいものを食べて、本当に楽しく幸せな取材だった。ダムが造られようとしているから写真を取りに来ているはずが、それを忘れてしまうほどだった。
 夕方、旅館のお姉さんが「ご飯ですよ」って呼びに来てくれたあの夕暮れの時間を忘れることはない。まさに村の風情を歌った「五木の子守唄」がよく似合った。
 脳裏に焼きついている村の風景は、今では幻になってしまった。旅館も小学校も民家も何もかもなくなった。更地になった大地は、境界線がわからず、記憶をも曖昧にしていった。
 そんな中、まったくいつもと変わらぬ暮らしを貫いた夫婦がいた。尾方茂さんとチユキさん夫婦だ。
 ぼくはその生き方に興味を持ち、寄り添った。
 茂さんが畑の石を拾い、チユキさんは草をむしり取っている。暑い昼間は寝っころがり、早目の夕ご飯を食べる。夫婦の会話はほとんどなく静かだ。
 でも、ここで、ともに暮らそうとする意思は通じ合っていた。
 本にできないかと思い始めたのは、ダムの計画が止まり、騒がれていた五木村が静かになったころだった。
 なぜここに二人だけで残り、暮らし続けようとしたのか。
 そんな二人の気持ちを、想像しながら、読んでもらえたら幸いだ。

(おおにし・のぶお)
●既刊に『ぶたにく』『おばあちゃんは木になった』『水になった村』など。

『ここで土になる』
アリス館
『ここで土になる』 
大西暢夫・写真・文
本体1、400円